東芝がえらいことになっている。
歴代社長3人が関わったとされる不正な会計処理をめぐって、証券取引等監視委員会が過去最高額になる73億7000万円の課徴金を突きつけたのだ。利益のかさ上げは2000億円を超え、歴代社長たちの刑事告発も囁(ささや)かれ始めている。

 東芝といえば、『日経ビジネスオンライン』がスッパ抜くまで、米原発子会社の巨額減損を「隠蔽(いんぺい)」していた疑いをもちかけられ、11月下旬に室町正志社長が「不十分な開示姿勢を深くおわびしたい」と陳謝したばかり。
 当初は「不適切な会計処理」なんて表現であからさまに気をつかっていたメディアの論調もここにきてようやく「経営危機」が目立ち始めた。
 
 日本の「ものづくり」を象徴する名門企業の危機を専門家や有識者がさまざまな分析をしているが、なかでも興味深いのは40年代の東芝の姿と重ねる見方だ。

 昭和40年、東芝は創業以来最大の危機と呼ばれる経営難に直面した。そこで石川島播磨重工業の躍進に手腕を振るった土光敏夫氏を招き、再建に乗り出して見事V字回復を果たす。が、実は徹底的な合理化推進の裏で収益率が急速に悪化していたのである。この原因を当時の経済誌は以下のように分析している。

 「悪くいえばシェア第1主義だ。それが名門意識と相まって分不相応な投資となり、安値受注、安売りにつながった」(日経ビジネス1972年6月12日)

 確かに、今回も構造は似ている。リーマンショックでガクンと落ち込んだ業績の回復を急ぐあまり、歴代社長が当期利益主義のもとで予算の達成を強く要求。それに応えることのできぬ各部署が「利益のかさ上げ」を積み上げていった。つまり、利益第1主義に名門意識が相まって、「分相応な数字」を取り繕うことにつながったとも言えなくもない。
 個人的にも「名門意識」は重要なキーワードだと思っている。経営評論家・三鬼陽之助氏の40年代危機をテーマにした著書『東芝の悲劇』のなかでも、「名門意識からくるおごり」という指摘があるからだ。

 わりと有名なエピソードなのでご存じの方も多いかもしれないが、経団連会長も務めた石坂泰三氏が東芝社長だった時、友人のリコー創業者・市村清氏からある忠告をされたそうだ。

 ある日、市村氏が電気製品を購入しようとデパートの三越へ行ったら、店員がやたらと松下の製品ばかりをゴリ推しされたことをうけ、「東芝ももっとガツガツして、店員に売ってもらえるよう働きかけたらどうだろう」というアドバイスだ。石坂氏は「分かった」と頷(うなず)いたが、その後に営業に力を入れるわけでもなく、部下たちもまったく改善に乗り出す気配がない。その背景には東芝の「わが社の製品はナショナルに比較して優れているのだから、買わないほうが間違っている」という「おごり」があるというのだ。


●「名門意識からのおごり」によって
 もちろん、ご本人たちは鬼籍に入ってしまっているし、この手のエピソードは多少盛られるのが常なので、真相は分からない。時代背景も今とは大きく違っているが、2015年現在の東芝にもなんとなくあてはまる。3代にわたって続けられてきた不正会計にしても、「わが社は日本のものづくりをリードしているんだから、多少のインチキをしてもしょうがない」というような「おごり」が感じられるのだ。
 気のせいじゃないのと思うかもしれないが、三鬼氏が言うところの「名門意識からのおごり」によってインチキやら隠蔽やらへ走ってしまうと組織というのは現代日本では少なくない。というよりも、わりとよくある。
 
 その代表が、一般財団法人・化学及血清療法研究所(以下、化血研)だ。


化学及血清療法研究所のミッション
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 製造の効率化を優先するあまり、国が未承認の方法で血液製剤やワクチンを製造していたという製薬会社にあるまじきダイナミックな不正もさることながら、世間が驚いたのはこの事実を理事長など幹部が知りながら、40年にもわたって隠蔽していたということだろう。
 
 医薬品医療機器総合機構(PMDA)が過去10年で合計21回のGMP(Good Manufacturing Practice)適合性調査業務を行ったが、まったくバレなかった背景には、調査で求められた過去の書類を偽造するだけではなく、紫外線を浴びせて変色させ古く見せかけるという徹底した「隠蔽工作」がある。
                                               (つづく)