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2012年11月29日木曜日

 黒江の見所「紀州漆器伝統産業会館(うるわし館)」と『黒江ぬりもの館』(4)

 
「黒江の町並み
 

「黒江」の町は、前回紹介したように万葉の昔からその名を知られ、「紀州漆器の里」として、天正13(1585)年豊臣秀吉の紀州攻め時に根来寺を焼き払い、同寺の根来塗の技法をもった僧が黒江の里に難をのがれて落ちのびる等「根来塗」の技法を取り込み、江戸時代には紀州徳川藩の手厚い庇護のもと、幕末以降輸出に目を向けるなど、全国4大漆器の産地として有名でしたが、他の産地に先駆けて漆器の素材を木製品から化学製品に転換し、近代化を図ったのが、逆に裏目に出て「黒江の町」から北東に約2km離れた海南市岡田に「漆器団地」を造成、1970年代以降、大半の業者がそちらへ移転したため、「黒江の町」には漆器業者が少なくなり、加えて安価な化学製品の多量生産や中国製品の輸入販売等、本格的な木製木地による漆器製造が減少し、それに従事する漆器職人数も減ってきました。

それらによって従来「黒江の町中」で製造されていた漆器が製造拠点が岡田に移るにつけて、歴史ある伝統産業の衰退となり「紀州漆器の里・黒江の町並みの景観」が損なわれつつあり、これに危惧を覚えた地域住民らが自ら歴史ある独特の家並みと紀州連子の町屋を保存してゆこうと立ち上がり、「黒江の町並みを活かした景観づくり」を目指して運営委員会を立ち上げ、和歌山県景観保存協定第1号認定を受けるなど、民産官が一体となって「歴史ある黒江の町」の復活および活性化に取り組んでおります。

 

後ほど、紹介するように保存地区以外の方のサポーターを募集し、「黒江の町」にかつての賑わいを取り戻すべく住人が主体になり、いろんなシンポやイベント開催等、限られた少ない予算のなか、足りない部分はお互いの知恵と汗を絞って取り組み中です。これらの中で、「黒江の町」の応援ソングとも云うべき「黒江からころ為の女」が誕生し、今年の8月14日黒江・川端通りで開催された「下駄市」で歌手・宮本 静さんによってお披露目があり、住民に受けがよく宮本さんの「黒江の町」を愛する熱意が伝わり、機会ある毎に歌謡会を開催するなど、「黒江の町」の雰囲気が明るく、もてなしの心が生まれるなど変わりつつあります。

 

(漆器の町・黒江のまちの雰囲気をかもしだす「くろめ桶」

・地元のうるし製造業者さん提供)

 

 

漆製造用の「くろめ桶」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
「黒江の町並みを活かした景観づくり」

運営協議会PR用ブログ・黒江の町並み景観便り」:http://syun0510.ikora.tv/

「黒江の町並みを活かした景観づくり協定」を応援してくださるサポーターさん及び黒江の景観づくりに興味をお持ちの方への現在の状況の情報を発信いたします。 現在、サポーターを募集しております。 事務局は、

〒642-0001和歌山県海南市船尾222番地 紀州漆器伝統産業会館、通称「うるわし館」内

に設けております。TEL073-482-0322  FAX073-483-2341までお願いします。 

上で説明したように、現在では漆器の製作工程は「黒江」の町中で見ることが叶いません。というのは漆器製作にホコリは大の禁物です。したがって、漆器の漆塗り工程を見学するなど特別のことがない限り無理なのです。とはいっても自分で「根来塗」体験をしてみたい!漆器の器に「蒔絵」を描いてみたい!という方々のために、「根来塗」・「蒔絵」体験教室が設けられています。 どちらも、手軽に体験できます。

 

それと、漆器類の製品を直に見てみたい!直に触れてみたい!という方々のために「黒江の町中」には数カ所の展示販売所があります。

 ここでは、そのなかで代表的な2箇所を紹介することにいたします。

その1は「紀州漆器協同組合」が運営する「紀州漆器伝統産業会館(うるわし館)」と、その2は黒江の町を心から愛する女性達20人が集まり、KRE20が「漆器・和雑貨&カフェ」を営む「黒江ぬりもの館」です。こちらは築150年以上経た塗師の古民家を再生した昔ながらの落ち着いた雰囲気のなかで、女性達の「おもてなしの心」で和ませてくれる雰囲気の中でお買い物や飲食を愉しめ、お店は「黒江」の町の景観づくりのモデルにもなっています。


では、「紀州漆器伝統産業会館(うるわし館)」から順に紹介します。





紀州漆器伝統産業会館(うるわし館)

 
  紀州漆器の里、黒江のまちのシンボル的な施設です

漆器の展示・販売コーナーでは盆や重箱等の様々な紀州漆器やアクセサリー等が多く陳列されています。その他、漆器の製造工程についての説明パネルもあり、漆器がどのようにして作られるかを知ることができます。また、毎週土・日曜日には、漆器職人さんの実演があり、多くの人でにぎわっています。予約をすれば、漆器の技法「蒔絵(まきえ)」を体験することもできます。

・所在地 : 〒642-0001・和歌山県海南市船尾222番地
・電話番号 :073-482-0322
・休館日 :第2日曜日(毎月)
・開館時間 :10時~16時
・入館料 :無料
・駐車場 :有り(無料・観光バスも可)
・ルート ;JR海南駅から15分・大十オレンジバス・和歌山バス「黒江」下車、徒歩5分
      JR黒江駅から徒歩15分

「館内案内」

施設
概要
1F 漆器の展示室・漆器の即売コーナー
2F 第1研修室(ビデオ放映)
第2研修室・資料室・展示室
3F 第3研修室、絵画実習室
駐車場大型バス3台(無料)
営業時間 午前10時~午後4時30分
休 日 毎月第2日曜日
お盆・年末・年始
入場料 無料
展示・即売コーナー1F
青年部が毎年作成している、ジャンボ漆器の数々
展示室
 
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「漆」は、元々「うるわし(麗し)」、「うるおし(潤し)」から来た言葉と云われ、漆器は焼き物と違って「温かみ」「和み」があり、食卓に彩りを与えて呉れます。

「黒江ぬりもの館」(漆器類・和雑貨・一閑張・カフェ&レストラン)

・HPアドレス:http://kuroe-nurimonokan.jp/

根来塗」体験をご覧になりたい方はアドレスを開いて一番下の右に「体験教室スナップ集」とありますから、そこをクリックして見て下さい。
 

 ・根来模様研ぎ出し体験 『黒江ぬりもの館』 【海南 Tel:073-482-5321】

       紀州に伝わる匠の技!朱塗りの器に浮き出る伝統の根来模様を描きませんか!


紀州に伝わる匠の技!朱塗りの器に浮き出る伝統の根来模様を描きませんか。
「根来塗」体験作品:「赤と」(レッド&ブラック
 

福島県の会津塗、石川県の山中塗・輪島塗と共に、塗物の日本三大産地として数えられる「紀州塗」。その起源は室町時代と言われています。潤いと光沢が魅力。紀州に伝わる匠の技を学び、器に写した図柄を水ペーパーで擦る事で、模様が浮き出る”研ぎ出し作業”を体験できます。
あなたの手でアーテイストの伝統工芸を生み出してみませんか?


【体験内容】
①黒江ぬりもの館に集合。
②説明の後、根来模様を研ぎ出す朱色に塗られた”さくら皿””半月膳”のいずれかを選びます。
③お皿に描く図案を考えて鉛筆で下書きします。
④下書きに沿って水ペーパーにて丁寧に研ぎ出します。
⑤仕上げ塗装をしますので約1ヶ月後を楽しみにお待ち下さい。


画像1

 1Fショップとカフェ。カフェでは名物・黒江バウム等が食べることができますよ。

画像2

自分で考えたデザインを下絵に水ペーパーで研ぎ出していきます

       
画像3

 風情ある黒江ぬりもの館の外観。このあたり一帯は古い佇まいを残しています。

インフォメーション(Information)

名称根来模様研ぎ出し体験 『黒江ぬりもの館』フリガナネゴロモヨウトギダシタイケン
住所〒642-0011 和歌山県海南市黒江680TEL / FAX073-482-5321 / 073-482-5321
E-mailお問い合せはこちら実施期間通年
体験所要時間約15分~約1時間定休日月曜日・火曜日
対象年齢3歳以上受入人数1名~40名
体験料金一律:1,300円
※上記料金には、体験料、保険料、税金を含む。
※郵送代別途必要
持参物・服装など汚れてもいい服装でお越しください
駐車場あり(無料:普通車 10台、大型バス 1台)体験事業者黒江ぬりもの館
体験事業者住所集合場所住所〒642-0011 和歌山県海南市黒江680
※当日集合場所も同じ
備考※当日作った作品に仕上げ塗装をしますので、約1ヶ月後に引渡しとなります。郵送の場合は別途送料がかかります。
ご予約についてこの体験プログラムは                                                                                 直接お問い合わせ下さい



ぬりもの館館内

一閑張

黒いスイーツ類(紀州備長炭粉末入り)」

 
「なすカリー」
 
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今年「黒江」を唄った歌が誕生しました!「黒江からころ為の女」です♪
この歌は、まさに景観づくりをしてゆこうとしている「黒江」の応援歌です。
8/14の「下駄市」のときお披露目しました。
 
 
下のアドレスをクリックしてお聴き下さい。歌手:宮本 静さんです
 
 
 
 
・「黒江の町」のイベント 

「ひなめぐり」(海南市の繁華街3箇所)2/1~3/3

.「七夕飾り」 6/26~7/7、海南市黒江の川端通り約50軒・フリマあり!

.「下駄市」毎年8/14開催・黒江・川端通り

・紀州漆器まつり」(家具・家庭用品祭と併催)毎年11月第1土曜・日曜日

・その他:随時「紀陽銀行海南支店ショー・ウインドウ ・黒江公民館・黒江コミュニティーセンター等で開催、「黒江ぬりもの館」でも落語会・料理教室・展示会等n多彩な催しが開かれています

 


 



郷土芸能{つつてん踊り}
宮本静「黒江からころ為の女」お披露目
8/14「下駄市」舞台
 

 
「漆器まつり」会場・川端通り

黒江ぬりもの館「根来体験」

最後に伝統工芸としての漆芸家が少なくなるなか、わたしの小・中・高校の同級生で70年来の友人の漆芸作家・橋爪靖雄氏(日展作家)のHP・アドレスを書いておきます。

彼は地元の古刹・浄土真宗・淨国寺の懇望により4年間掛けて、本堂天井に漆器蒔絵パネル・テーマは「四季の草花と星座」。1枚50×60センチの板に、夏はフウセンカズラやサソリ座、秋はキキョウやカシオペア座など一つずつ描いた。「下地から塗り、加飾まで、作業には100の工程があると言われます。今後、100年は残る作品であろうことを考慮し、伝統的な技法で忠実に仕上げました」と漆芸作家の橋爪さん。

天井画を眺める荻野住職と橋爪さん(右)




天井画・左側図




















 

 

仕上げた絵は、各季節21枚で計84枚。寺の本殿に入り、右奥の部屋に春と夏、左奥の部屋に秋と冬を設置している。春と夏は2年前に完成しており、今回できあがった秋と冬を合わせて、ようやく全ての作業が終わった。荻野住職は「単眼鏡で見ると、仕事の細かさがよく分かる。時間がかかるはずです」。

今年の漆器まつりに併せて一般に公開され、評判を呼びました。百年後、二百年後にも残ることを念頭において制作されたパネルだけに、精緻にして繊細な細工は見事です!わたしと同い年の彼を観ていると、今にしてこのような精魂込めた仕事に打ち込む情熱と根気、おそらく生涯を通して将来に残る仕事を念頭に精魂込めて挑んだのでしょう! 頭が下がります。元気を貰えます!よくぞ地元にこれだけの大作を創りあげて呉れました!

彼の作品はHPで見ることができます!

 
・漆工房・橋爪:HPアドレスhttp://www.urushikobo.com/
 
 

どうぞ「黒江の町」をご贔屓に、以上「根来」を中心に話を

進めてきました!                        (おわり)

2012年11月28日水曜日

紀州漆器の里「黒江の町並み」(その3)

 「黒江」は古代万葉人に歌われた「黒牛」に似た岩が横たわる入江で「黒牛潟」とも呼ばれ、 これが「黒江」となったとする説が有力で、いにしえより歴史ある町として、また漆器の4大産地の一つとして有名です。

 「根来寺」の項でも述べましたが、天正13(1585)年の豊臣秀吉による紀州攻めの際、根来寺は焼き討ちに遭い「根来塗」の技法をもつ僧侶が難を逃れて四散  し、そのなかから黒江に逃げ込み「根来塗」の技法を伝えた説が有力ですが、紀州=木の国、昔から木地になる木材に恵まれた環境下にあったので、黒江の漆器製造の始まりは、もっと 早くから行われていたと思われます。根来寺僧が黒江に「根来塗」技法を持ち込み、より発展 させたことは確かでしょう。

黒牛潟を詠んだ万葉歌碑

”いにしへに 妹とわが見し  ぬば玉の 黒牛がたを  見ればさぶしも”

                                    柿本人麻呂


黒牛の海を詠んだ万葉歌があ3首あり、黒江から東南に2kmのある、いにしえの名高の浦を詠んだモノが4首、藤白で2首(有間皇子)合計9首もあり、海南市は古来から名勝として知られた場所であったことが覗えます。また、斉明天皇が牟婁の温湯に行幸され、有間皇子の変がおこったのが658年なので、古代の都・飛鳥との行き来が盛んだったことが分かります。

 

黒牛の像・中言神社 

徳川時代には藩の庇護のもと大いに栄えましたが、1970年頃から他の漆器産地に比し、いち 早く近代化への路線に転換し、狭い黒江の町から北東部に当たる岡田に漆器団地を設け、化学製品による大量・安価商品製造に移り、また安価な中国製品の輸入など、伝統工芸としての漆器業は衰退の一路を辿りましたが、全国的に見ても独特のノコギリの歯状家並みと、紀州連子が形成する「黒江の町並み」は、いまは「歴史ある町並みを活かした景観づくり」活動で、かつての町並みを保存してゆこうとの活動が盛り上がりを見せています。

 ここでは、「黒江」のことを2回に分け、初めに「黒江の歴史」・「黒江の町並み」を主体に紹介し、次に製造されている漆器作品などを採り上げることにいたします。



クリックし大きくしてお読み下さい。
和歌山県ふるさと教育副読本「わかやま発見」県教育委員会編

    ◆                 ◆                 ◆

              もう少し詳しく専門的に知りたい方は下記の案内をお読み下さい。

 

                                                     海南市黒江の町並み 
                 黒牛・市場・西の浜・南の浜・天王町地図       

黒江・川端通り


黒江の町並み景観保存のトップランナー「黒江ぬりもの館」

 

「紀州漆器」の産地 海南市黒江は和歌山市の南に位置する。
黒江漆器のルーツは諸説あるが、室町時代末期、根来寺の仏具、什器に朱漆塗りが用いられていて、これを「根来塗」と呼んだ。天正13年(1585) 秀吉の根来寺攻めで、四散した根来衆

の一部が、黒江に安住の地を求めて移り住んだ説が有力のようだ。
寛永15年(1638)の「毛吹草」には黒江渋地椀が見え、元禄期ごろには黒江の「紀州椀」の名が見られる。

紀伊名所図会にみる「黒江椀」細工

黒江の漆器業は江戸時代に盛んになり、紀州藩の保護を受け、陸海交通の活発化に伴い、  市場は江戸や大坂、西日本にも拡大した。当初は渋地椀だけを製造していたが、享保年間(1716~1736)には春慶塗りの折敷業者が出現し、椀、折敷両方の発展期を迎えた。

更に文政年間(1818~30)には、、膳類など新しい本堅地板物漆器も製作し、製品は多様化 すると共に、安政年間(1854~60)には蒔絵による装飾も導入された。また安政6年(1859)の開港後長崎や神戸の外商との直売取引によって漆器の輸出が開始され、幕末期には全国 有数の漆器産地として飛躍的な発展を遂げた。

江戸初期から和歌山藩領で終始し、享保4年(1719)の大指出帳写では家数870軒・人数3680人であった。天保10年(1839)の「続風土記」によると戸数868軒・人数3698人で村内は六つの小名に分かれ、北の町・南の浜・西の浜・元屋敷・市場町と云ったと言う。そして、江戸末期には約4500人を擁する町場となっていた。

町並は川端通りの東部の突き当たり、黒牛の造り酒屋・市場・北の丁三辺りが、黒江の中で  一番重厚な町家が並ぶ地域である。造り酒屋は入り母屋造り、本二階建て、平入り、桟瓦葺、 黒壁、連子格子、駒寄せであった。この辺りの伝統的で重厚な商家の建物は切り妻造り又は 入り母屋造り、平入り、本瓦葺、中2階建て、黒壁、連子格子が一般的なようであった。

川端通りは紀州連子の格子、中二階や本二階の家構え、切り妻造り本瓦葺の大屋根、庇、漆喰塗りの真壁に焼板張りの外壁、そして農家的な間取りと、漆器の黒江には江戸時代末期以降に普請された伝統的な町家が軒を並べ、古風で落ち着いた雰囲気を醸し出している。

川端通りの北側の二筋と、南側の二筋の道路は狭くて軽自動車も通れない位であり、ノコギリの歯のように、家並みが道路に対して約30度程斜めに構えている。だから各家の玄関前に申し合わせたように、三角形の空地ができている不思議な町並みだ。
黒江の町全体は職住一体の生活共同体を形成し、職種別に町区が形成されてきた。問屋層は材料や製品の流通に便利な、港や堀川に臨む川端通りなどの表通りに、職人層は作業の連帯的一体化の条件から裏通りに、それぞれ集中して町区を形成し、町家の家並みを見せている。

一般的に古い町並みでその名を知られている町は、整然とした印象が強いものだが、ここ黒江は雑然とした印象が強烈である。家と家がギッシリと詰まっていて、そのうえゴチャゴチャとした情景は、町全体が路地裏の風景のようだが、汚いという印象ではなかった。 1970年以来漆器団地が岡田に造成され大部分の業者はそこに移転したので、町屋の衰退に拍車が掛かり、その遺された昔の景観を保存するのは、いまをおいてしかないと、地域の住民達が自らたちあがったのだ。

  
  
 ・和歌山県の歴史散歩  山川出版社 和歌山県高等学校社会科研究協会(1995)

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黒江のシンボル「うるわし館」

 紀州漆器伝統工芸館(うるわし館)
 
名手酒造・「黒牛茶屋」

名手酒造・「温故伝承館」(昔の酒造り道具一式展示)

「黒江の町並み」








黒江ぬりもの館辺りの町並み

南の浜の町並み

南の浜の町並み(池庄漆器店) 

南の浜の町並み

北の丁三の町並み

黒江ぬりもの館

 

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・「黒江の町並みを活かした景観づくり」活動が和歌山県景観保存協定第1号 

 に認定される!歴史ある「黒江の町」が新しい町に生まれ変わります。

 
クリックし拡大してお読み下さい   ▲  ▼
 

黒江の町並み景観保存運営協議会(原則・月1回開催)

                                                    続く