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2010年1月25日月曜日

25日・「成功者」と二代目、三代目経営者について!




     



 


 
 パナソニック電器・大坪文雄社長(上)と三洋電機・佐野精一郎社長(下)


人が本当に「幸せ」だったと言えるのは、その臨終のときに自分の一生を振り返って「自分は幸せだった」と思う時ではないでしょうか?冒頭からこんな譬えですみません。

 この世の中で「成功者」といわれる人には、つぎの3つのパターンがあるように思いますが、なかにはこの3つとも成功させた偉大な方もおられるでしょうが、おおよそ次のようである。
1.お金(財産)をのこす
2.事業をのこす
3.人(人材ではなく人財)をのこす

『成功』『幸福』の名言

 成功は窮苦の間に芽生えており、失敗は得意満面の間に宿る。
黒雲のうしろには、太陽が輝いている。
  越後 正一(元伊藤忠商事社長)『経済人の名言・上』 

 朝を幸せ、夜を不幸になぞらえると、明暗、順逆の環境が人生であり、そこに生き甲斐も幸福も光芒を放つ。苦難は幸福の前奏曲だと思えば、苦しみに耐える力も湧くだろう
  郷司浩平(元日本生産性本部会長)

 この世のなか、「二代目」「三代目」といわれる後継者には、せっかく親が築き上げた財産・事業をものの見事に潰してしまうことが如何に多いことか?
 これにはお金に苦労、経営の舵を右にするか左に切るかの苦難の経験が乏しいことが挙げられよう。何事も試行錯誤のうえで最後に成功を勝ち取るわけで、これは「雪山登山」によく似ている。冬場の雪山で吹雪にあい視界がほとんど効かないときには、一直線に登るよりも右や左に4~5mの範囲で進んでみて安全を確かめながら頂上を目指すという方法がとられる。ジグザグなコースとりである。まさに商売や経営とはこのようなものではなかろうか。失敗の経験ということも大きな財産になり得る。

 この点、二代目、三代目には「帝王学」を学び、厳しく鍛えられてこなければ、こういう経験も身につかないだろうし、回りも「ボンボン」「跡取り」でお上手をいう輩や取り巻きが実に多い。
 この点何百年と立派に続いている老舗には「家訓」なるものが遺されていて、何代目であってもそれを守ることを求められている。

 お金も文字通り湯水のように使えば、またたく間になくなろうし、賭けごとに手を出せば、これまた瞬時に消え失せるだろう。“悪銭身に付かず”とは、よくいったものである。

「なぜ、2代目、3代目はダメなのか」という話を続けましょう。
 もちろん世襲の2代目、3代目・・・経営者でも、きちんと企業経営をしている経営者もおられます。 ただ、ダメな場合の方が多いのではないでしょうか。

 私は、それは根本的には「お金の苦労をしていないからだ」と思います。
経営とお金は切っても切れない関係です。 そして創業期に苦労するのは、お金です。
 創業者は、その時期にお金のありがたさ、お金の怖さ等を自ずと身に沁みて実感することになります。まず最初にそれを乗り越えて来たからこそ、創業者のお金との向き合い方は形成されると思います。
 
 創業者と後継経営者の大きな違いは、そこから始まります。
また2代目、3代目ともなると、豊かな生活の中で、温室で育って来ますので、創業者のように、一時の貧乏を辛抱しても耐えるというようなことが出来ません。
 
 経営の使命は、企業の存続ですから、創業期から経営者は後継経営者の育成を始めねばなりません。その時に、最も大事なことは経営者も含め、実は家族の生活レベルを決して上げないということなのかも知れません。
 
 それでは経営者としての楽しみがないではないかと思われるかも知れません。
しかし、昔はいざ知らず、今は時代が変わりました。
明らかに自分達がお金持ちになることを目的とした経営はお客様や社員の共感を得ることが出来ません。
 そしてお金持ちになることを目的としている内に、一番大事な企業経営が手段になり、本末転倒になり、会社が倒産してしまった事例は挙げればきりがありません。
 
 そのようなことが世襲経営者がダメな理由であり、そのことで会社が倒産してしまう理由ではないでしょうか。

 わたしは、学校を卒業して関西系の大手電機メーカーS電機に入社しました。わたしが入社した頃は会社も伸び盛りでアイデアに富んだ商品を売り出し、それが人気で業績もぐんぐん伸びてゆきました。世界で最初の噴流式洗濯機や外箱が木製ではなくプラスチック製のラジオでした。しかしこの会社は同族経営で会社を創業した三兄弟が順番に社長をつとめ、そのあとは創業者の社長の長男が大株主でもあり二代目社長を継ぎました。しかし、優秀な人材でも社長と見解を異にする人は遠ざけられ、徐々に業績が低迷してゆきました。わたしは、三番目社長をつとめた三兄弟の末の弟が当時、専務取締役営業本部長だったときに私が担当した大きな営業取引に反対されて、喧嘩して身を引いて退職帰郷し、S金属工業系の会社に再就職しましたが、新入社から10年間の勤務をしました。その間、最先端の業界だっただけにマーケッティング初め新しい知識を学んだことが今でも役に立っています。
 
 退職を機に、その後は傍観者の立場になった訳ですが、それから三十数年を経て、世界的会社から業績低迷会社になるなか、後継の二代目社長が息子に三代目社長を継がし、その直後に会社の決算が数期にわたって不正がでてきて、修正をすれば資本不足に陥る可能性があり、外資系を含めて金融三社から増資を仰ぎ、二代目、三代目は退陣、新しい経営陣により目下再建を図っています。

 まもなくパナソニック電機の子会社になる予定で、ここまでいえば社名はおのずから分かることと思います。これなんかは、まさに自己の一族の利益のために世界的企業といわれた会社を危機に陥れ、関連会社を含めて数十万人の社員や株主それに取引先、顧客に多大の迷惑をかけた大きな責任をとわれてしかるべきだと思います。
 この点、パナソニック電機グループは、かの有名な松下幸之助氏のあとは、一時二代目を娘婿が社長を継ぎましたが、それもしばらくで世襲制をとることなく真に社長にふさわしい人を社長に据えるのと、前のS電機とは大違いです。
 会社は大きくなればなるほど、社会の公器です、社会的責任がますます大きくなります。この点からいってもS電機の二代目、三代目は話になりません。

 このようにいままで掲げてきた「継続的な努力」が如何に大切かを再認識することになったと思います。
つぎは、事業ということで会社の寿命についてに進みたいと思います。

7 件のコメント:

  1. しげやん^-^こんにちは~^^
    一代で会社を築き上げた社長と名前のつく人はやはりサラリーマンと違った感覚があります。何かを持っている感じがします!atiti勤めていた会社の社長は去年なくなりました。今は息子さんがあとを継ぎ今まで以上に大きくなっているようです。商社勤めをされて畑違いの仕事の内容だった二代目にしてはやり手だったと思います!しかしそれも初代社長のレールの上を走っているに過ぎませんが!
    でもたいした者だと思います^-^
    しかしこれから先が自分の甲斐性と思いますのでatitiも見守って行きたいと思います^-^
                   atiti

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  2. RE:  atitiさん
    創業者社長の人によっては、二代目を継がせる自分の息子を同業他社に預けて、きびしく仕込んでもらうことをあえてやることがあります。

    しげやんも小さいながら会社経営に携わりましたから、会社経営は厳しいものです。時には孤独になります。

    二代目にはこの厳しさを身にしみて身に付けさせることが必要です。こと会社の経営ということは、どの業界にも通じる共通項があります。

    昔勤めていた会社の社長は、自分は無学だが金さえだせば博士や専門家を雇うことができる。自分はそれらの人を活かして使えばいいのだ・・・と!

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  3. 私は会社経営についてはとんと疎いですし
    お金儲けにも縁があまりありませんが
    周囲の社長さん業をしているかたは
    迷い悩むよりも先に行動をし
    行動しながら軌道修正の
    変わり身の早さ
    固執しすぎない潔さなど
    大変勉強になります。
    ぐいっと
    自分のほうに何事も引き寄せてしまわれます。

    初代、二代目、三代目と
    盛衰のピークがどこか
    環境や条件の違い
    個人のパーソナリティの差
    誰がやっても同じということは
    ありませんね。

    してみると
    日本の政治というのは一体……

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  4. RE:   ばっちゃんさん
     政治家は植木等が生きておったら、「政治家は気楽な稼業ときたもんだ~」♪というに相違ありません。民主党がいう「コンクリートから人へ」ではなくて「ゼネコンから小沢へ」が真実でしょう!小沢の話を聞いていても一つも疑惑が晴れません。政治家の服のポケットを全部縫いつけなければいけません。和歌山にも小沢の子分だった自民党の二階俊博前大臣がおります。

     その彼が地盤とする有田郡の広川町(湯浅町の東隣)に全国に名を知られた浜口悟陵(7代儀兵衛)という偉人がおりました。ときは安政、大津波が襲ってきました。小学校の教科書にも載った「稲むらの火」の話です。彼は村人を高台へ導いただけでなく、その後私財をなげうって堤防を築き、被害を受けた村人のために4年にわたって失業救済的な事業を行いました。4500両余しといいます。

     彼は防災の先駆者として世界的に有名です。下に彼の生涯を記載した記事のアドレスを書いておきますので、是非ご覧になって下さい。いまの政治家に彼と同じような人物を見つけることは不可能です!嘆かわしい限りです!
    浜口悟陵(7代目・儀兵衛)

    http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%BF%B1%E5%8F%A3%E6%A2%A7%E9%99%B5

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  5. RE: ばっちゃんさん
    会社の寿命は次回にUPします。会社の寿命はいまは環境適用業になっています。これに適用できなければ滅び、適用できれば栄えるということです。
    しかし、寿命は段々短くなってきて3年が寿命と云うことです。引き続きお越しください。

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  6. S電機の創業者の長男さんとは何度かお目にかかったことがありましたよ(たぶん)。
    中国の電機メーカーと提携される前後だったと思います。
    こちらも女性がCEOになられましたが、受入れがたかったのでしょうか。
    子会社になっても、個性を発揮して欲しいですね。

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  7. RE: megumeguさん
     二代目は私がS電機に入社して工場実習の時、ラジオ工場におりました。年は3つほど上だったと記憶しています。わたしがおった10年間の間でも二代目の評価はあまり芳しいとは言えませんでした。
     
     あとで創業者社長の二代目で大株主というネームバリューで社長に就きましたが、能力があっても意見が違うものは遠ざけられ、結局会社を駄目にしてしまいました。一時提携した先は、中国のハイ・アールという企業グループです。
     CEOに就いた女性ですがマスコミ関係の出身で、経営にはズブの素人で、社内でも評価するものは多くなかったようです。二代目が自分の息子を三代目に据えるための目くらましか広告塔の役目ぐらいの起用だったのでしょう。
    結局、過去の決算の不正がでてきて短期で辞任しました。

     会社の中には世間で大いに評価されている部門があり、松下も欲しがっている充電式、太陽光電池等、パナソニックの子会社になっても得意部門を伸ばして役にたって存在感を出してほしく思います。

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