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2012年11月28日水曜日

紀州漆器の里「黒江の町並み」(その3)

 「黒江」は古代万葉人に歌われた「黒牛」に似た岩が横たわる入江で「黒牛潟」とも呼ばれ、 これが「黒江」となったとする説が有力で、いにしえより歴史ある町として、また漆器の4大産地の一つとして有名です。

 「根来寺」の項でも述べましたが、天正13(1585)年の豊臣秀吉による紀州攻めの際、根来寺は焼き討ちに遭い「根来塗」の技法をもつ僧侶が難を逃れて四散  し、そのなかから黒江に逃げ込み「根来塗」の技法を伝えた説が有力ですが、紀州=木の国、昔から木地になる木材に恵まれた環境下にあったので、黒江の漆器製造の始まりは、もっと 早くから行われていたと思われます。根来寺僧が黒江に「根来塗」技法を持ち込み、より発展 させたことは確かでしょう。

黒牛潟を詠んだ万葉歌碑

”いにしへに 妹とわが見し  ぬば玉の 黒牛がたを  見ればさぶしも”

                                    柿本人麻呂


黒牛の海を詠んだ万葉歌があ3首あり、黒江から東南に2kmのある、いにしえの名高の浦を詠んだモノが4首、藤白で2首(有間皇子)合計9首もあり、海南市は古来から名勝として知られた場所であったことが覗えます。また、斉明天皇が牟婁の温湯に行幸され、有間皇子の変がおこったのが658年なので、古代の都・飛鳥との行き来が盛んだったことが分かります。

 

黒牛の像・中言神社 

徳川時代には藩の庇護のもと大いに栄えましたが、1970年頃から他の漆器産地に比し、いち 早く近代化への路線に転換し、狭い黒江の町から北東部に当たる岡田に漆器団地を設け、化学製品による大量・安価商品製造に移り、また安価な中国製品の輸入など、伝統工芸としての漆器業は衰退の一路を辿りましたが、全国的に見ても独特のノコギリの歯状家並みと、紀州連子が形成する「黒江の町並み」は、いまは「歴史ある町並みを活かした景観づくり」活動で、かつての町並みを保存してゆこうとの活動が盛り上がりを見せています。

 ここでは、「黒江」のことを2回に分け、初めに「黒江の歴史」・「黒江の町並み」を主体に紹介し、次に製造されている漆器作品などを採り上げることにいたします。



クリックし大きくしてお読み下さい。
和歌山県ふるさと教育副読本「わかやま発見」県教育委員会編

    ◆                 ◆                 ◆

              もう少し詳しく専門的に知りたい方は下記の案内をお読み下さい。

 

                                                     海南市黒江の町並み 
                 黒牛・市場・西の浜・南の浜・天王町地図       

黒江・川端通り


黒江の町並み景観保存のトップランナー「黒江ぬりもの館」

 

「紀州漆器」の産地 海南市黒江は和歌山市の南に位置する。
黒江漆器のルーツは諸説あるが、室町時代末期、根来寺の仏具、什器に朱漆塗りが用いられていて、これを「根来塗」と呼んだ。天正13年(1585) 秀吉の根来寺攻めで、四散した根来衆

の一部が、黒江に安住の地を求めて移り住んだ説が有力のようだ。
寛永15年(1638)の「毛吹草」には黒江渋地椀が見え、元禄期ごろには黒江の「紀州椀」の名が見られる。

紀伊名所図会にみる「黒江椀」細工

黒江の漆器業は江戸時代に盛んになり、紀州藩の保護を受け、陸海交通の活発化に伴い、  市場は江戸や大坂、西日本にも拡大した。当初は渋地椀だけを製造していたが、享保年間(1716~1736)には春慶塗りの折敷業者が出現し、椀、折敷両方の発展期を迎えた。

更に文政年間(1818~30)には、、膳類など新しい本堅地板物漆器も製作し、製品は多様化 すると共に、安政年間(1854~60)には蒔絵による装飾も導入された。また安政6年(1859)の開港後長崎や神戸の外商との直売取引によって漆器の輸出が開始され、幕末期には全国 有数の漆器産地として飛躍的な発展を遂げた。

江戸初期から和歌山藩領で終始し、享保4年(1719)の大指出帳写では家数870軒・人数3680人であった。天保10年(1839)の「続風土記」によると戸数868軒・人数3698人で村内は六つの小名に分かれ、北の町・南の浜・西の浜・元屋敷・市場町と云ったと言う。そして、江戸末期には約4500人を擁する町場となっていた。

町並は川端通りの東部の突き当たり、黒牛の造り酒屋・市場・北の丁三辺りが、黒江の中で  一番重厚な町家が並ぶ地域である。造り酒屋は入り母屋造り、本二階建て、平入り、桟瓦葺、 黒壁、連子格子、駒寄せであった。この辺りの伝統的で重厚な商家の建物は切り妻造り又は 入り母屋造り、平入り、本瓦葺、中2階建て、黒壁、連子格子が一般的なようであった。

川端通りは紀州連子の格子、中二階や本二階の家構え、切り妻造り本瓦葺の大屋根、庇、漆喰塗りの真壁に焼板張りの外壁、そして農家的な間取りと、漆器の黒江には江戸時代末期以降に普請された伝統的な町家が軒を並べ、古風で落ち着いた雰囲気を醸し出している。

川端通りの北側の二筋と、南側の二筋の道路は狭くて軽自動車も通れない位であり、ノコギリの歯のように、家並みが道路に対して約30度程斜めに構えている。だから各家の玄関前に申し合わせたように、三角形の空地ができている不思議な町並みだ。
黒江の町全体は職住一体の生活共同体を形成し、職種別に町区が形成されてきた。問屋層は材料や製品の流通に便利な、港や堀川に臨む川端通りなどの表通りに、職人層は作業の連帯的一体化の条件から裏通りに、それぞれ集中して町区を形成し、町家の家並みを見せている。

一般的に古い町並みでその名を知られている町は、整然とした印象が強いものだが、ここ黒江は雑然とした印象が強烈である。家と家がギッシリと詰まっていて、そのうえゴチャゴチャとした情景は、町全体が路地裏の風景のようだが、汚いという印象ではなかった。 1970年以来漆器団地が岡田に造成され大部分の業者はそこに移転したので、町屋の衰退に拍車が掛かり、その遺された昔の景観を保存するのは、いまをおいてしかないと、地域の住民達が自らたちあがったのだ。

  
  
 ・和歌山県の歴史散歩  山川出版社 和歌山県高等学校社会科研究協会(1995)

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黒江のシンボル「うるわし館」

 紀州漆器伝統工芸館(うるわし館)
 
名手酒造・「黒牛茶屋」

名手酒造・「温故伝承館」(昔の酒造り道具一式展示)

「黒江の町並み」








黒江ぬりもの館辺りの町並み

南の浜の町並み

南の浜の町並み(池庄漆器店) 

南の浜の町並み

北の丁三の町並み

黒江ぬりもの館

 

◆                  ◆                  ◆

 

・「黒江の町並みを活かした景観づくり」活動が和歌山県景観保存協定第1号 

 に認定される!歴史ある「黒江の町」が新しい町に生まれ変わります。

 
クリックし拡大してお読み下さい   ▲  ▼
 

黒江の町並み景観保存運営協議会(原則・月1回開催)

                                                    続く      

6 件のコメント:

  1. 黒江ぬりもの館2012年11月28日 11:21

    黒江ぬりもの館です♪

    いつもありがとうございます。

    うちのブログより詳しい記事で、参考になります(^^♪
    これからもよろしく「黒江」を見守ってくださいませ。

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  2. 黒江ぬりもの館さん
    明日はもっと凄いことになりますから、もう一度お立ち寄り
    下され!「黒江ぬりもの館」に最大級の紹介をさせて頂いて
    おりますから・・・!

    返信削除
  3. 黒江の街並み、すてきですね♪
    いつか行ってみたいです。
    黒江もぬりもの館も、しげやんさんのようなサポーターがいてくださって、
    心強いでしょう!
    根来塗りもいろいろと工夫してるんですね。
    学校給食で、根来塗りの器を使うのはむずかしいんでしょうかね?
    出光のせんがいさんカレンダー、どうしましょうか?
    来週近くに行くので入手できますが、いつもかえってお気を遣わせているのはないかと、ちょっと思っています。
    お入用なら遠慮なくお申し付けください!

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  4. megさん
    ご多忙中お訪ねありがとうさんです!
    人間、「ふるさと」があるということは歳をとって心安らぐ
    ことになります。とは云っても生まれた所と現在住んでいる処
    は僅か1.5km鹿離れていませんから、そして小・中・高校の
    同級生に黒江在住者が多いです。

    かつて漆器業者が黒江小学校に漆器のお椀を学童数分寄贈した
    ことがあります。木製漆器では取り扱いにチョット注意が要り
    ますので、合成樹脂製なら大丈夫ですが、それであれば根来塗
    にするには勿体なさ過ぎです。
    仙厓さんのカレンダー、わたしからのお返しに大分気を遣わせ
    て、反って精神的なご負担になっているようで、申し訳なかっ
    たです。何か着払いとか、カレンダー代+送料相当分だけ
    megさんに送るとか、何かいい知恵ないでしょうかね~!

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  5. カレンダーの件、私はありがたくていいんですが。
    毎回だと申し訳ないようで。
    直接出光美術館に申し込みもできますよ。
    購入方法を下記にコピーしますね。

    購入希望の方は下記郵便振替口座へ仙がいカレンダー代金・送料の合計金額をご入金ください。
    (銀行振込および現金書留および代金引換での購入は承っておりません)
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    口座番号 00120-0-389534
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    送料:1本 350円、2~3本 500円、4~10本 700円、11本以上 着払い

    商品の発送について
    商品到着まで1週間程時間をいただきます。
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    お問い合わせ:午前10時~午後5時(平日のみ)
    03-3213-9402 出光美術館
    http://www.idemitsu.co.jp/museum/shop/calender/index.html

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  6. megさん
    早速にご回答頂きありがとうございました。
    週明けに早速郵便局にて手続きします。
    megさんのところも同じでしょうが、わたしのブログに
    お訪ね頂けるお方が段々減り、わたしにブログ開設を
    奨められた長崎のマダムやばっちゃん、それにモンタさん
    いずれのお方も姿を見せません。僅かにmegさん、EYASUKO
    さんが時たまにという状況です。
    カレンダーのお礼は平素のお礼も含めてという意味もありま
    したが、カレンダーはお手数を煩わせぬよう直接申し込みま
    すが、メル友の方は残して置いて下さい。お願いします!

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