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2012年11月24日土曜日

11月23日は「勤労感謝の日」でした。その由来は?

「勤労感謝の日」について・ 主に 『ウィキペディア(Wikipedia)』より

 

勤労感謝の日(きんろうかんしゃのひ)は、日本の国民の祝日の一つである。日付は、11月23日。

祝日法の趣旨によれば「勤労をたつとび、生産を祝い、国民たがいに感謝しあう」ことを趣旨としている。1948年(昭和23年)に公布・施行された同法により制定された。

 

 農業国家である日本は、古くから神々に五穀の収穫を祝う風習があった。また、その年の収穫物は国家としてもそれからの一年を養う大切な蓄えとなることから、収穫物に感謝する大事な行事として飛鳥時代の皇極天皇の時代((642~645)に始まった「新嘗祭(にいなめさい、しんじょうさい)」の日が第二次世界大戦後のGHQの占領政策によって天皇行事・国事行為から切り離される形で改められたものが「勤労感謝の日」である。

 

そこで、さらにルーツを求めて「新嘗祭」について調べて見ると・・・

新嘗祭(にいなめさい、にいなめのまつり、しんじょうさい)」は宮中祭祀のひとつ。大祭。収穫祭にあたるもので、11月23日に、天皇が五穀の新穀を天神地祇(てんじんちぎ)に進め、また、自らもこれを食して、その年の収穫に感謝する。宮中三殿の近くにある神嘉殿にて執り行われる。

 

1947年までは「新嘗祭」とし祝祭日(休日)となっており、1948年以降も「勤労感謝の日」として国民の祝日になっている。

新嘗祭自体は伊勢神宮及びそれに連なる神社の祭儀となり、伊勢神宮には天皇の勅使が遣わされ、大御饌(おおみけ:神が召し上がる食事)を供える形式となり遺されている。

 

わが国は元々農業国であったことから、五穀豊穣を祝うことが行われました。

「五穀」とは、この言葉は元々中国から伝わって来たモノですが、

日本においては、「いつつのたなつもの」あるいは「いつくさのたなつもの」とも読みます。

古代からその内容は一定していないが、現代においては、米・麦・粟(あわ)・豆・黍(きび)または稗(ひえを指すことが多い。いずれも代表的な人間の主食である。これら五種をブレンドした米を五穀米(ごこくまい)と呼びます。
  

        ・稲・麦・粟・大豆・小豆(『古事記』)

   ・稲・麦・粟・稗・豆(『日本書紀』) 

稷(「音」ショク:「訓」キビ:意味・あわ
黍「音」ショ:「訓」きび・意味:とうきび・さとうきび

菽「音」ショク:「訓」まめ

いまの子供や若者にお米や小麦がどんな植物から収穫するのか、実際に稲や麦を知らない人が多い。また若い女性にしてもお魚と云えば「切り身」だけを買ってその魚がどんな姿をしているのか

また、魚を料理できない人が多い。現実問題として、食料の自給が云われているこんにち、もう少し食育に力を入れるべきではないだろうか、自分たちが毎日食べる食料品に関心を抱くことが必要ではなかろうか? わたしのはそう思える。

主食を米としつつも、その生産の不安定さや価格より、他の穀物や野菜類を混ぜた飯が食されることが多かった日本では「穀物の絶対視」という食物観が生み出されず、五穀と雑穀の区別が希薄だったとする指摘や、定住農民によって必要な作物を挙げたもので、現代的な穀類とは異なり深刻な食料事情を背景としていること、更に食べることだけではなく燃料や衣服など生きるために必要なものが挙げられてきたことを指摘する考えもある。






                                              以上


 

 

 

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