奈良時代に成立した歴史書『日本書紀』に名が残り、縄文時代から西暦200年ごろまで名草山を中心に和歌山市から海南市までを治めたと伝わる名草戸畔(※)。古代女王として関心が高まるこの伝承をもとにした演劇が10月から11月にかけ地元2劇団により上演される。
 劇団ZEROの『名草姫』と劇団KCMの『なぐさとべ』。いずれも名草戸畔を通じ、自然や平和を愛する心を現在に問う内容で、伝承の新たな始まりを感じさせる。
 シェークスピア作品の上演で知られる劇団ZERO。島田忠代表は、イラストレーターのなかひらまいさんの著作『名草戸畔』を昨秋に読み、台本を書き始めた。「なにげなく書いていたら内容がふくらみ、和歌山のルーツにふれる気がした」と舞台化に踏み切った。
 統一国家をめざす皇軍と向き合う古代名草人の物語。自然と共存し、争いを好まない名草人の暮らしと、女王名草姫の政治的決断が山場となる。
 出演者はゆかりの神社を巡った。名草彦・名草姫をまつる中言神社(和歌山市吉原)では映像を撮影。名草姫役の藤本理恵さんは「和歌山の緑の濃さを感じました。役を思うだけで涙が止まらなくなる。この気持ちを見る人に伝染させたい」。
 名草の祈り歌などを作り、古代をファンタジックに演出する。巫女役の川端恵さんは「今回は和歌山には何もないと思っている人に向けた名草戸畔からのメッセージだと思っています。ただの歴史物語とは違います」。
 島田代表は「自然の恵みに囲まれ、名草には何でもあると考えが変わった。和歌山に住む私たちの本来の姿はこうだったのでは…と思ってもらえたらいいですね」と望む。
 一方、海南市の劇団KCMは、有間皇子、井澤弥惣兵衛ら歴史上の人物を演劇にし、その生き様から和歌山の文化を伝えてきた。東道代表は同市出身で、「幼い時から名草戸畔の名は耳にしていた。発掘されていない歴史を伝え、クローズアップしたかった」と語る。
 過去の研究、学芸員らへの取材から東代表が原作を練り、京都を拠点に時代劇再生に努める小林薫さんが脚本化した。
 舞台は西暦300年ごろの名草国。鉄器文化を持つ民族が国を一つにしようとやってくる。戦を避けようとする女王なぐさとべと娘、名草姫の成長が物語の核だ。小林さんは「戦争が話題に上ることの多い中、平和や本当の豊かさを考えてもらえれば」と力を込める。
 演出は東映太秦映像の中野広之監督。日本のポップスを多用し、動きのある演出で世代を問わず楽しめる内容にする。中野監督は「地元の伝承でゼロから作るのは力が入ります。テーマは、力による解決ではなく、コミュニケーションです」。東代表は「善を信じ自然を守る古代人の心を表現したい。今回を出発点にさらに幅広く発信したいですね」と意気込む。
 名草戸畔の頭部がまつられたと伝わる宇賀部神社(海南市小野田)の小野田典生宮司は「地元ではあまり知られていなかったのですが、『名草戸畔はすごいパワーだったみたいですね』と神社に来る人が増えました。『日本書紀』に一行あるだけで、忘れられても仕方ないのに注目され、若い人が関心を持ってくれる。次の世代へも伝わり、心強い」と歓迎している。 
名草戸畔=『日本書紀』には、「神武東征で殺された」と記され、頭、胴体、足が宇賀部、千種、杉尾の三神社に埋められたと伝わる。5年前にイラストレーターのなかひらまいさんが『名草戸畔 古代紀国の女王伝説』を出版。郷土史家の小薮繁喜さん、宇賀部神社の分家筋にあたる小野田寛郎さんの口伝を通じ、新たな名草戸畔像を提示し、注目された。なかひらさんは現在、本紙で「名草戸畔伝承を訪ねて」を連載中。
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