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2017年9月10日日曜日

紀州が生んだ「西行」と「明恵」・県立博物館

企画展「西行と明恵 平成29年(2017)9月9日(土)~10月5日(木)
平安時代終わりごろから鎌倉時代の初めごろにかけて、日本の歴史を彩った西行と明恵。ともに紀伊国の武士の家に生まれ、後に出家して寺僧となり、自らの道をひたすらに追い求め、その生涯を全うしました。西行と明恵はともに中学校・高等学校の日本史の教科書にも登場するなど、日本の歴史上とても大きな足跡を残しています。西行と明恵は、生まれ故郷である紀州でどのような活動をしていたのでしょうか?
この企画展では、平安時代から鎌倉時代に生きた西行と明恵の紀伊国における活動を中心に、和歌山県内に残る西行・明恵ゆかりの故地とともに、その文化財をご紹介いたします。西行や明恵といった、和歌山を代表する偉人たちの足跡とその遺跡を辿ってみたいと思います。
 なお、常設展示室では「きのくにのあゆみ」のほか、日本遺産認定記念「特集展示 醤油の町・湯浅」を、さらに2階文化財情報コーナーではスポット展示「西行の旧跡をたずねて」を開催しています。この機会にあわせてご覧ください。
主催:和歌山県立博物館
ミュージアム・トーク(学芸員による展示解説)
9月16日(土)・24日(日)・30日(土)
  ※各回とも13:3014:30

わたしは紀州が産んだ「西行」と「明恵」がことのほか好きで、西行については白洲正子氏を
明恵については京大の河合隼雄氏の著作を読み漁りました。その当時の情熱は今はなく回想に
ふける毎日です。西行・明恵のファンでなくとも紀州が産んだ超々偉大なふたりの足跡を知る企画として、ぜひご覧になられることをお奨めします
【みどころ1】 西行・明恵に関わる新収集資料を初公開!


 
【写真1】西行上人集
    (さいぎょうしょうにんしゅう)
 
 【写真2】明恵上人夢記(断簡)
    (みょうえしょうにんゆめのき だんかん)
 和歌山県立博物館では、継続的に資料の収集活動を行っております。そのうち、近年収集した西行(さいぎょう)・明恵(みょうえ)に関係する資料を初公開いたします(出陳資料一覧参照)。
 西行(1118~90)は、田中荘(たなかのしょう)竹房(たけぶさ)(紀の川市竹房)に拠点をおいた武士の家に生まれ(俗名を佐藤義清(のりきよ)という)、京都で天皇や公家に仕え武士として活動していましたが、23歳の時に出家し、諸国をめぐり、各地で様々な和歌を詠みました。【写真1】は、西行が自らの和歌をまとめた歌集で、それを室町時代に写した写本です。高野山や熊野、また熊野古道沿いの地域など、和歌山に関係する歌も収められています。
 明恵高弁(こうべん)(1173~1232)は、石垣荘(いしがきのしょう)吉原(よしはら)(有田川町吉原)で湯浅党(ゆあさとう)という武士団の家系にある家に生まれました。その後出家し僧となり、厳しい修行生活を続け、戒律(かいりつ)を重視し、仏教の改革に努めたことでも有名です。明恵は、夢を仏の世界からのメッセージと確信していたため、丁寧に夢を記録し、それが「夢記(ゆめのき)」と呼ばれる一群の書として残されました。【写真2】は、その夢記の断簡です。

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