昨今の世界の経済状況を見ていると、ギリシャ国財政破綻を防ごうとEC加盟国がその救済に明け暮れしているなかで、今度はイタリア国債が暴落、イタリアが行き詰まるとその規模はギリシャの比ではない。果たして世界の経済・金融はどうなるのだろうか?
わが日本国とて例外ではなく国債・地方債を合わせると1,000兆を上回る。国民一人当たりに換算すると赤ちゃんから老人まで800万円の借金を背負っている勘定になり、さらに東日本大震災復興と東電・福島第二原発事故の補償等で増税がのし掛かってくる。そのうえいまの円高が続くと輸出企業が海外移転し、国内が空洞化するか廃業におい込まれるか、その行方は濃霧に遮られて見通しにくい状況下に置かれている。
話は替わるが、最近国力を表すのに、金銭的、物質的な国民総生産(GDP)から精神的な豊かさ、幸せの度合い(GNH)が唱えられ、この調査も言うなれば「幸福度」(GNH)の日本の都道府県別の分析と言えると思う。質問項目の40の調査項目を知りたいと思ったが、その興味深い調査と分析結果を「日本でいちばん幸せな県民」(PHP出版)という本にして明日13日に出版されるそうですので、詳しくはそれによる必要があります。
福井県「幸せ度」日本一 法政大調査、部門別も高評価
(2011年11月10日・「福井新聞」より引用)
福井県が1位になった幸福度調査について説明する坂本光司法政大大学院教授 (右)
=9日、東京都新宿区の同大市ヶ谷キャンパス
日本で最も幸せな県は福井県-。法政大大学院の研究チームが9日発表した「47都道府県の幸福度に関する調査」で、福井県が全国1位にランキングされた。本県は旧経済企画庁の「豊かさ指標日本一」など上位の常連で、「幸福度というモノサシ」(同チーム)でも高い評価となった。
研究チームは坂本光司教授と政策創造研究科の社会人学生ら。
今回の調査は、国民総生産(GNP)などの経済指標とは別に、ブータン王国が国策に導入して国際的な関心が高まっている「国民総幸福量(GNH)」の考え方を参考に「地域住民の幸福度」を重視した。幸福度を端的に示していると考えられる指標を40種選び、統計資料などを基に分析。10段階評価で得点化し、総合と4部門で順位付けした。
福井県が堂々一位に輝きました。その興味深い調査と分析結果を「日本でいちばん幸せな県民」(PHP出版)という書籍で紹介しています。
しかしどんな指標で県別の幸福度指数ランキングを出したのかが気になりますね。研究チームは、従来の幸せ度としての国民総生産(GNP)などとは別の指標を用いることにしたようです。以下の4部門合計約40の分野で幸福度をまとめています。
1.「安全・安心」・・・刑法犯の認知数、1世帯当たりの貯蓄額、老人福祉費など
2.「労働・企業」・・・失業率の低さ、障害者雇用の高さ、離職率など
3.「生活・家族」・・・出生率、マイホーム所持率、保育所定員数など
4.「医療・健康」・・・平均寿命や病床充実度など
福井は総合で7・23点を獲得して1位となった。2位に富山(7・20)、3位に石川(6・90)が続き、北陸3県が上位を占めた。最下位は大阪府(4・75)だった。
部門別でも福井の評価は高くなった。刑法犯認知数や1世帯当たりの貯蓄額、老人福祉費を分析した「安全・安心」と、離職率や失業率の低さ、障害者雇用などの「労働・企業」はともに1位。出生率や持ち家率、保育所定員数などの「生活・家族」は3位。病床充実度や平均寿命など「医療・健康」は9位だった。
チームは、福井県を「日本一幸せな県」と表現し「未婚率が低く出生率が高いので幸福な家庭像」「福利厚生面が充実し住みやすい」「犯罪、火災、事故が少なく安心して暮らせる」などと評した。
坂本教授は「人口が少ない北陸各県の幸福度が高い。経済力が強くなくても地域の政策や住む人の考え方、行動で幸福度の高い地域をつくることができると分かる」と話した。
今回の調査は「日本でいちばん幸せな県民」というタイトルの本にし、明13日にPHP研究所(東京)から出版される。
◆優しい社会 評価寄与
「その県に住む人が幸せかどうか」という指標で、福井県が全国1位になった。調査指導に当たった坂本光司法政大大学院教授は、今回の統計資料から本県の「女性」「高齢者」「子ども」「障害者」「働く人」の現状を説明。
「福井など、この5者に優しい社会が幸福を感じられる社会」と話し、幸福を実感できる社会づくりへのヒントを示唆した。
坂本教授らが今回掲げた40の指標から、本県の幸福度を押し上げた要因をみると、「生活・家族」部門の出生率や持ち家率の高さ、生活保護世帯の少なさ、保育所受け入れ数の多さ-などがそれぞれ1~5位に入り、10点満点の高い評価となった。
「労働・企業」では、離職率の低さと正社員比率、障害者雇用比率の高さなどが満点。「医療・健康」では平均寿命の長さや病床数の充実ぶりなどが評価された。長期的に働ける雇用環境や、家庭を持ち子どもを育てる環境など、安心して暮らせるセーフティーネットの充実ぶりが評価を押し上げた。
一方、転入率の低さや労働時間の長さなどは41~45位と評点「2」にとどまり、交流人口の低迷や働き過ぎを示す結果が表れた。相談可能な人がいるかどうか-という項目も31~35位内の「4」と低く、おおむね良いとされる生活環境の中でも懸念材料があることが分かった。
坂本教授は「トップの福井を含め各県とも、今回ランキングが低かった分野を補うように地域づくりを進めれば、経済的な豊かさだけではない、より幸福を感じられる社会に近づけられるのでは」と今後の“奮起”を促した。
幸福度ランキング
1位 福井 2 富山 ・3 石川 ・4 鳥取 ・5 佐賀 ・5 熊本
7 長野 ・ 8 島根 ・9 三重 ・10 新潟
11 滋賀 ・12 香川 ・13 岐阜 ・14 ・山梨 ・14 大分
16 山口 ・16 徳島 ・18 広島 ・19 山形 ・ 19 静岡
21 愛知 ・22 岩手 ・22 長崎 ・24 岡山 ・25 群馬
26 栃木 ・27 福島 ・27 愛媛 ・27 宮崎 ・30 茨城
31 奈良 ・32 和歌山 ・33 千葉 ・33 神奈川 ・35 鹿児島
36 宮城 ・37 ・38 東京 ・39 福岡 ・40 青森
41 沖縄 ・42 京都 ・43 北海道 ・44 埼玉 ・45 兵庫
46 高知 ・47 大阪
(参考)
・国民総幸福量(こくみんそうこうふくりょう、: Gross National Happiness,: GNH)または国民総幸福感(こくみんそうこうふくかん)とは、1972年に、ブータン国王ジグミ・シンゲ・ワンチュクが提唱した「国民全体の幸福度」を示す“尺度”である。
・国民総生産 (Gross National Product, GNP) で示されるような、金銭的・物質的豊かさを目指すのではなく、精神的な豊かさ、つまり幸福を目指すべきだとする考えから生まれたものである。
現在、ブータン政府は国民総幸福量の増加を政策の中心としている。政府が具体的な政策を実施し、その成果を客観的に判断するための基準にするのが主な用途で、1990年代からの急速な国際化に伴って、ブータンで当たり前であった価値観を改めてシステム化する必要があったという。(ウイキペディアより)
2010年1月から綴ってきたブログをマイナーチェンジしました。09年にはアメリカで初の黒人大統領オバマが誕生し「CHANGE]という言葉が流行語となりましたし、わが国でも政権交替が行われました。 このブログでは歴史ある地元紀州の「温故」と「知新」に倣って、さらに一歩踏み込んだ「創新」を視点として「温故創新」を採り上げて参りましたが、「街おこし」に熱心に取り組まれておられる方々とも連携しながら、さらなる充実を図ってゆきたく、タイトルも[徒然なるままに地元の『温故創新』を訪ねある記]と、より視点を明らかにしました。 なにとぞ、従来にも増してご支援下さるようお願い申し上げます。
2011年11月12日土曜日
2011年11月10日木曜日
「卵を割らなければオムレツは作れない」ーフランスの諺よりー
先月30日の日曜日のことだが、生憎お天気が悪くて一日中家にいてテレビでゴルフを観戦したり、新聞を拡げたりして過ごしたなかで、新聞のあるページに女優で作家の岸惠子さんが[仕事力]ー非日常を捉えて生きるー岸惠子が語る仕事ー「捨て身の力」を忘れない、というタイトルのなかに彼女は2つの項目を挙げて、彼女がこれまで歩んできた人生から, 彼女の考え方、生き方 として、
・平穏を壊してでも未知に挑む
・自分の限界まで必死になること
の2つのことを綴っていた。
そのなかに題目に掲げ、これから書こうとしている「卵を割らなければオムレツは作れない」というフランスの諺が目に飛び込んできた。
彼女は云う、「卵は割りたくないけれどもオムレツは食べたい」というのはダメ。
何か新しいことをしたかったら、持っているものを壊さなければならないのです。
私は手持ちの卵をもう殆ど壊してしまい、作ったオムレツは決して美味しくはなかった(笑)
でも、オムレツはお腹にずっしりと重い味わい深い ものでした。


目の前に降って湧いた非日常に必死で関わってきた私は,決して「芸一筋」とか「この道何十年」という仕事の仕方をしてきませんでした。「継続は力なり」が当てはまらない生き方をしてきました。
私には見切り発車もできるし、未知の世界へやみくもに突き進んでゆくこともできます。ただ、どんな時でも、選び取ったことには、持てる力の全てを尽くして臨みます。(後略)
ここで、彼女が言わんとしていることは、わたしがいつも云っている『温故創新』と同じではないかと思った。
「卵を割らなければ」はもっと正確に表現すれば「卵の殻を割らなければ」になる。つまり「卵の中身」を取り出すのに「殻を割る=壊す=創新、」ことによって,美味しいオムレツが作れるのであろうと思う。
これは、単なる現状否定ではなく、伝統・歴史を重んじながら、それを土台にしてその上に創造的なモノを築き上げる創作的活動が大事だと云っているのである。
かつて毛沢東が行った中国の「文化大革命」や偶像崇拝を否定するイスラム系過激集団タリバーンが岩山に刻み込まれた石像破壊は、世界人類にとって貴重な世界遺産を壊してしまった破壊行為に過ぎず、世界人類にとって掛け替えのない遺産を壊した多大の損害だけで、得るところが何もなかったハチャメチャな暴挙としか評価できないと思っている。
(卵を割らなければオムレツは作れない)フランスの諺
・On ne fait pas d'omelette sans casser des oeufs.(仏・原語)
・You cannot make an omelet without breaking eggs.(英訳)
「成功には多少の犠牲が必要」という意味のこのフレーズは「捕らぬ狸の皮算用」ではなく「虎穴に入らずんば虎児をを得ず」を胸に、「黒江ぬりもの館」では「黒いスイーツ」の創作スイーツを、お家ではomelette作りにチャレンジをしてみて下さい!
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| 岸 惠子 |
・自分の限界まで必死になること
の2つのことを綴っていた。
そのなかに題目に掲げ、これから書こうとしている「卵を割らなければオムレツは作れない」というフランスの諺が目に飛び込んできた。
彼女は云う、「卵は割りたくないけれどもオムレツは食べたい」というのはダメ。
何か新しいことをしたかったら、持っているものを壊さなければならないのです。
私は手持ちの卵をもう殆ど壊してしまい、作ったオムレツは決して美味しくはなかった(笑)
でも、オムレツはお腹にずっしりと重い味わい深い ものでした。


目の前に降って湧いた非日常に必死で関わってきた私は,決して「芸一筋」とか「この道何十年」という仕事の仕方をしてきませんでした。「継続は力なり」が当てはまらない生き方をしてきました。
私には見切り発車もできるし、未知の世界へやみくもに突き進んでゆくこともできます。ただ、どんな時でも、選び取ったことには、持てる力の全てを尽くして臨みます。(後略)
ここで、彼女が言わんとしていることは、わたしがいつも云っている『温故創新』と同じではないかと思った。
「卵を割らなければ」はもっと正確に表現すれば「卵の殻を割らなければ」になる。つまり「卵の中身」を取り出すのに「殻を割る=壊す=創新、」ことによって,美味しいオムレツが作れるのであろうと思う。
これは、単なる現状否定ではなく、伝統・歴史を重んじながら、それを土台にしてその上に創造的なモノを築き上げる創作的活動が大事だと云っているのである。
かつて毛沢東が行った中国の「文化大革命」や偶像崇拝を否定するイスラム系過激集団タリバーンが岩山に刻み込まれた石像破壊は、世界人類にとって貴重な世界遺産を壊してしまった破壊行為に過ぎず、世界人類にとって掛け替えのない遺産を壊した多大の損害だけで、得るところが何もなかったハチャメチャな暴挙としか評価できないと思っている。
(卵を割らなければオムレツは作れない)フランスの諺
・On ne fait pas d'omelette sans casser des oeufs.(仏・原語)
・You cannot make an omelet without breaking eggs.(英訳)
「成功には多少の犠牲が必要」という意味のこのフレーズは「捕らぬ狸の皮算用」ではなく「虎穴に入らずんば虎児をを得ず」を胸に、「黒江ぬりもの館」では「黒いスイーツ」の創作スイーツを、お家ではomelette作りにチャレンジをしてみて下さい!
2011年11月8日火曜日
チベット仏教の最高指導者・ダライ・ラマ14世の言葉
チベット仏教の最高指導者でノーベル平和賞受賞者のダライ・ラマ法王14世は去る10月末和歌山・高野山を訪れた。 高野山大学が真言密教とチベット密教の学術・文化交流を目的に招いた。同法王は高野山で10月31日、11月3日と2回若者を対象に法話を行い、3.11の被災地東北、東京での法話へと旅だった。
そして、ダライ・ラマ14世が7日、都内で会見を行った。自由報道協会が主催したもの。ダライ・ラマ14世は、今回の来日で東日本大震災の被災地を訪問をしている。原発エネルギーを容認する姿勢への質問には、自然エネルギーで電力をまかなえる可能性があるのは先進国だからであり、発展途上国には原発は必要だと訴えた。
われわれも今後原発の必要性を考えるうえで同法王の言葉は、ある意味方向性を示した言葉になるのではと思い、自由報道協会主催の法話と記者団の質問に答えた回答を引用させて貰った次第である。
午前10時から開催予定だったが、予定をオーバーして午前11時過ぎから始まった。大勢の記者団に囲まれる中で「私にも人権がありますので、フラッシュをあまり強く焚くのはやめてもらえませんか?」とジョークを飛ばす場面もあった。76歳とは思えない張りのある声で以下のように話した。
「ダライ・ラマの言葉」
訪日の目的について申し上げます。高野山における法話も行いましたし、地震にあった被災地も訪問しました。被災者と私の考えも共有させていただき、今こそ町を建て直し復興していくべきではないかという話をしました。
こうしてメディアの方にお目にかかる上では、2つの点について話しています。ヒューマン・バリュー、人間の価値についてです。責任を持つ、他の方を思いやるという気持ちです。私達が謙遜の心を持ち慈悲の心を持つことが重要だと思っております。これは宗教的なことだけではなく、私達が生まれたときに倫理というのはある物だと思っています。
メディアの方々は民主主義の社会に置いて重要な役割を持っています。皆さんはゾウのように長い鼻を持って匂いをかいでください。現実がどういう物なのかをきちんと認識して、社会の腐敗をなくしていくために活動されることが重要だと思っています。
以前、私はチベットにおける困難に対して様々な責任を負っておりました。しかし、今年5月には政治的な立場を選挙で選ばれた人に譲りました。ダライ・ラマは1~4世は政治的立場はなく、宗教的立場と政治的立場を兼ね備えたのは5世以降でした。そして、14世の私は喜んで政治的立場を降りることにしました。真の民主主義を進めていける体制にしていきたいと思っています。
「記者団からの質問」
―中国のチベット族自治州で尼僧が焼身自殺しました。中国政府のチベット政策についてどう考えますか?またそれに対して非暴力で対処すべきでしょうか?
ダライ・ラマ
ー非暴力についてですが、チベットに住む人には「常に非暴力であれ」と私は言っています。そして、中国共産党はチベットを占拠しています。「いや、解放したんだ!」と主張する人もいますが、それは是非とも調査していただきたいと思ってます。
我々はチベット語という言葉も独自の文化も持っています。それの自治権を持ちたいという風に思っています。
皆さん自身がチベットに行って、現実を見て頂くしかない。私が何を言っても中国に対してはあまり意味のないことです。「私は日本人です」と書いて、入国するといいでしょう。中国は全体主義ですから本当のことを言うことができない。政府の人も上司に真実を報告できない。そういう意味では中国はヒポクラシー(偽善)の聖地ですから。
「発展途上国に原発は必要」
-原子力エネルギーに賛成と仰っていますが、福島ではいまだに不安と絶望の中に生きています。福島第一原発からの20キロ圏内では見捨てられた動物たちが飢えで死んでいます。福島の事故によって、直接的な死者は出ていませんが、多くの家畜が死んでいます。宗教的リーダーとして、人権保護者として、人間には幸せに生きる権利があると思うのです。その中には、放射能に侵されずに生きる権利もあると思うのですが、いかがでしょうか。
ダライ・ラマー私は「常に全体的に物を見なさい」といつも言っています。原子力についても同じ事が言えます。
以前来日した際に、原爆ドームを見ました。広島の原爆資料館に行った事もあります。実際に被爆者の声も聞かせてもらいました。
原子力を兵器として使うことはこれは望ましいことではない。ただし平和目的に使われるのであれば、別の問題だと思います。
もし、原子力発電の代替案があるならばいいでしょう。水力発電所・ダムを作れば自然に対して何らかの破壊、悪影響を及ぼします。風力エネルギー・太陽エネルギーというのも十分でないかもしれない。
ここで「十分」というのは、日本や、先進国の「十分」ではなくて、発展途上国に対しても「十分」ではなくてはならない。そうでなければ、貧富の差はますます広がってしまう。むしろ私たちはこれから発展していく国々の事を考えて、方策を考えていくべき。
最終的な決断は専門家の方々が全体的に広い角度から、最大限の注意を持って結論を出されるべきだと考えています。
物事を成す時は、99%の安全性を考えて欲しいが、いくら安全性に対して配慮しても、1%の危険は残ります。100%とは言えないと思います。例えば、車を運転していても1%の危険はあるでしょう。美味しい食事をいただいていても、どこかにリスクはあるかも知れません。少なくとも万全を期して、行っていくことが大切だと思います。
例えば、チェルノブイリは古く、十分な注意をしていなかったから事故が起きました。もしかすると福島原発もここまでの津波を予想していなかったので、こういう状況になったのでは。大切なのは安全策を最大限に考えていくこと。
ただ、原子力発電所はもういらないと、皆さんが決めるなら、それはそれでいいと思います。
そして、ダライ・ラマ14世が7日、都内で会見を行った。自由報道協会が主催したもの。ダライ・ラマ14世は、今回の来日で東日本大震災の被災地を訪問をしている。原発エネルギーを容認する姿勢への質問には、自然エネルギーで電力をまかなえる可能性があるのは先進国だからであり、発展途上国には原発は必要だと訴えた。
われわれも今後原発の必要性を考えるうえで同法王の言葉は、ある意味方向性を示した言葉になるのではと思い、自由報道協会主催の法話と記者団の質問に答えた回答を引用させて貰った次第である。
午前10時から開催予定だったが、予定をオーバーして午前11時過ぎから始まった。大勢の記者団に囲まれる中で「私にも人権がありますので、フラッシュをあまり強く焚くのはやめてもらえませんか?」とジョークを飛ばす場面もあった。76歳とは思えない張りのある声で以下のように話した。
「ダライ・ラマの言葉」
訪日の目的について申し上げます。高野山における法話も行いましたし、地震にあった被災地も訪問しました。被災者と私の考えも共有させていただき、今こそ町を建て直し復興していくべきではないかという話をしました。
こうしてメディアの方にお目にかかる上では、2つの点について話しています。ヒューマン・バリュー、人間の価値についてです。責任を持つ、他の方を思いやるという気持ちです。私達が謙遜の心を持ち慈悲の心を持つことが重要だと思っております。これは宗教的なことだけではなく、私達が生まれたときに倫理というのはある物だと思っています。
メディアの方々は民主主義の社会に置いて重要な役割を持っています。皆さんはゾウのように長い鼻を持って匂いをかいでください。現実がどういう物なのかをきちんと認識して、社会の腐敗をなくしていくために活動されることが重要だと思っています。
以前、私はチベットにおける困難に対して様々な責任を負っておりました。しかし、今年5月には政治的な立場を選挙で選ばれた人に譲りました。ダライ・ラマは1~4世は政治的立場はなく、宗教的立場と政治的立場を兼ね備えたのは5世以降でした。そして、14世の私は喜んで政治的立場を降りることにしました。真の民主主義を進めていける体制にしていきたいと思っています。
「記者団からの質問」
―中国のチベット族自治州で尼僧が焼身自殺しました。中国政府のチベット政策についてどう考えますか?またそれに対して非暴力で対処すべきでしょうか?
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| 記者団の質問に応えるダライ・ラマ |
ー非暴力についてですが、チベットに住む人には「常に非暴力であれ」と私は言っています。そして、中国共産党はチベットを占拠しています。「いや、解放したんだ!」と主張する人もいますが、それは是非とも調査していただきたいと思ってます。
我々はチベット語という言葉も独自の文化も持っています。それの自治権を持ちたいという風に思っています。
皆さん自身がチベットに行って、現実を見て頂くしかない。私が何を言っても中国に対してはあまり意味のないことです。「私は日本人です」と書いて、入国するといいでしょう。中国は全体主義ですから本当のことを言うことができない。政府の人も上司に真実を報告できない。そういう意味では中国はヒポクラシー(偽善)の聖地ですから。
「発展途上国に原発は必要」
-原子力エネルギーに賛成と仰っていますが、福島ではいまだに不安と絶望の中に生きています。福島第一原発からの20キロ圏内では見捨てられた動物たちが飢えで死んでいます。福島の事故によって、直接的な死者は出ていませんが、多くの家畜が死んでいます。宗教的リーダーとして、人権保護者として、人間には幸せに生きる権利があると思うのです。その中には、放射能に侵されずに生きる権利もあると思うのですが、いかがでしょうか。
ダライ・ラマー私は「常に全体的に物を見なさい」といつも言っています。原子力についても同じ事が言えます。
以前来日した際に、原爆ドームを見ました。広島の原爆資料館に行った事もあります。実際に被爆者の声も聞かせてもらいました。
原子力を兵器として使うことはこれは望ましいことではない。ただし平和目的に使われるのであれば、別の問題だと思います。
もし、原子力発電の代替案があるならばいいでしょう。水力発電所・ダムを作れば自然に対して何らかの破壊、悪影響を及ぼします。風力エネルギー・太陽エネルギーというのも十分でないかもしれない。
ここで「十分」というのは、日本や、先進国の「十分」ではなくて、発展途上国に対しても「十分」ではなくてはならない。そうでなければ、貧富の差はますます広がってしまう。むしろ私たちはこれから発展していく国々の事を考えて、方策を考えていくべき。
最終的な決断は専門家の方々が全体的に広い角度から、最大限の注意を持って結論を出されるべきだと考えています。
物事を成す時は、99%の安全性を考えて欲しいが、いくら安全性に対して配慮しても、1%の危険は残ります。100%とは言えないと思います。例えば、車を運転していても1%の危険はあるでしょう。美味しい食事をいただいていても、どこかにリスクはあるかも知れません。少なくとも万全を期して、行っていくことが大切だと思います。
例えば、チェルノブイリは古く、十分な注意をしていなかったから事故が起きました。もしかすると福島原発もここまでの津波を予想していなかったので、こういう状況になったのでは。大切なのは安全策を最大限に考えていくこと。
ただ、原子力発電所はもういらないと、皆さんが決めるなら、それはそれでいいと思います。
2011年11月6日日曜日
昨日5日は新たに制定された「津波防災の日」でした
昨5日(土)は、あい憎の空模様のなか地元海南市では恒例の黒江「漆器まつり」「家具・木工品まつり」と「家庭用品まつり」が今日6日まで開催されるが、昨5日は今年6月に制定された「津波防災に日」に当たった。
「稲むらの火」は今年3月11日に発生した「東日本大震災」で改めて全国的に知られ、小学校の教科書にも採り上げられたこの逸話は、地元和歌山・広川町で記念行事が、和歌山市では「稲むらの火」シンポジュームが開催されました。
以下この様子をお伝えしましょう。
◎「津波防災の日」制定で催し
安政の南海地震が発生した11月5日(陰暦・今年は11月29日)は、ことしから「津波防災の日」と定められ、津波の教訓が伝わる広川町で記念の行事が行われました。
「津波防災の日」に定められた11月5日は、江戸時代末期の安政の南海地震が起きた日です。この地震では和歌山県広川町出身の商人、濱口梧陵が、津波が押し寄せた際、刈り取った稲むらに火をつけて村人に危険を知らせ、多くの人の命を救った「稲むらの火」の逸話で知られています。
5日、広川町では「津波防災の日」の制定を記念して新たに建てられた石碑が披露され、和歌山県の仁坂知事らが植樹を行いました。
このあと濱口梧陵が地区に築いた津波対策の堤防の前で神職が祝詞を読み上げ、濱口の功績をたたえるとともに、津波で亡くなった人の霊を慰めました。
行事には地元の人たちおよそ200人が参加し、子どもたちは堤防の上に新しい土を盛って津波防災への思いを新たにしていました。
行事に参加した中学3年生の女の子は「毎年この日には、濱口梧陵の教訓や東日本大震災について思い起こせるような日にしたい」と話していました。(以上NHK5日ニュース報道より)
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
◎「稲むらの火」シンポジウム
「津波防災の日」にあわせ、和歌山市では今後の防災のありかたなどについて考えるシンポジウムが開かれました。
シンポジウム11月5日の「津波防災の日」の制定の根拠となった、安政の南海地震の際に稲に火をつけ津波から村人を救った「稲むらの火」の逸話の教訓をいかしていくため和歌山県が開きました。
はじめに関西大学社会安全学部の学部長で『稲むらの火』の逸話に詳しい河田惠昭教授が講演し、稲に火をつけた濱口梧陵は津波被害のあと堤防を築くことを決め、当初紀州藩に支援を申し入れたが断られたが私財をなげうって工事を進めた。
完成した堤防は、現在の土木工学から言っても非常に優れており、昭和南海地震では被害を抑えることができた」と話しました。
その上で「東日本大震災以降、津波への関心は高まっており、被害を受けやすい地区の高台への移転や防災教育の充実などに力を入れるべきだ」と訴えました。
また、東日本大震災による津波で大きな被害をうけた岩手県山田町の沼崎喜一町長が特別に招かれ、「津波で犠牲になった人は過去の津波で被害が小さかったことや新たに建設された防潮堤を過信した人が多い。町として訓練への参加や避難の呼びかけを指導しきれたのか悔やまれる」と振り返りました。
会場には市町村などの防災担当者や一般から300人余りが参加し講演に聞き入っていました。(5日・和歌山市内で NHKニュース報道より)
「稲むらの火」は今年3月11日に発生した「東日本大震災」で改めて全国的に知られ、小学校の教科書にも採り上げられたこの逸話は、地元和歌山・広川町で記念行事が、和歌山市では「稲むらの火」シンポジュームが開催されました。
以下この様子をお伝えしましょう。
◎「津波防災の日」制定で催し
安政の南海地震が発生した11月5日(陰暦・今年は11月29日)は、ことしから「津波防災の日」と定められ、津波の教訓が伝わる広川町で記念の行事が行われました。
「津波防災の日」に定められた11月5日は、江戸時代末期の安政の南海地震が起きた日です。この地震では和歌山県広川町出身の商人、濱口梧陵が、津波が押し寄せた際、刈り取った稲むらに火をつけて村人に危険を知らせ、多くの人の命を救った「稲むらの火」の逸話で知られています。
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| 濱口梧陵 |
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| 「稲むらの火」の像 |
5日、広川町では「津波防災の日」の制定を記念して新たに建てられた石碑が披露され、和歌山県の仁坂知事らが植樹を行いました。
このあと濱口梧陵が地区に築いた津波対策の堤防の前で神職が祝詞を読み上げ、濱口の功績をたたえるとともに、津波で亡くなった人の霊を慰めました。
行事には地元の人たちおよそ200人が参加し、子どもたちは堤防の上に新しい土を盛って津波防災への思いを新たにしていました。
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| 広村堤防に土を盛る生徒達 |
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◎「稲むらの火」シンポジウム
「津波防災の日」にあわせ、和歌山市では今後の防災のありかたなどについて考えるシンポジウムが開かれました。
シンポジウム11月5日の「津波防災の日」の制定の根拠となった、安政の南海地震の際に稲に火をつけ津波から村人を救った「稲むらの火」の逸話の教訓をいかしていくため和歌山県が開きました。
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| シンポジュームの参加者 |
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| 濱口梧陵が築いた「広村堤防」 |
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| 「稲むらの火祭」の松明 |
その上で「東日本大震災以降、津波への関心は高まっており、被害を受けやすい地区の高台への移転や防災教育の充実などに力を入れるべきだ」と訴えました。
また、東日本大震災による津波で大きな被害をうけた岩手県山田町の沼崎喜一町長が特別に招かれ、「津波で犠牲になった人は過去の津波で被害が小さかったことや新たに建設された防潮堤を過信した人が多い。町として訓練への参加や避難の呼びかけを指導しきれたのか悔やまれる」と振り返りました。
会場には市町村などの防災担当者や一般から300人余りが参加し講演に聞き入っていました。(5日・和歌山市内で NHKニュース報道より)
2011年11月4日金曜日
世の中の栄枯盛衰ー熊野古道・秀衡桜倒れ、パンダ成長するー
熊野古道の「秀衡桜」倒れる…樹齢150年・産経新聞11月1日(火)
世界遺産・熊野古道沿いにある名物桜「秀衡桜」が倒れているのが見つかった。寿命とみられる(和歌山県田辺市提供)
和歌山県田辺市の世界遺産・熊野古道沿いの名物桜「秀衡桜(ひでひらざくら」が1日朝、倒れているのを住民が見つけた。平安時代末期の奥州の武将、藤原秀衡が熊野詣の際に植えたと伝わるヤマザクラの4代目にあたるとされ、倒れた木は地元の森林組合が切断した。
市によると、31日夜から1日早朝にかけて倒れたとみられ、幹の内部が腐って空洞となっていたことから寿命と推定される。
秀衡桜は樹齢約150年で樹高約15メートル、幹回り3メートル20センチ。秀衡が熊野へ参る途中、生まれた子の無事を願って桜の枝を地面に刺したと伝わる。すぐ隣には5代目となる桜(樹高約8メートル)が育っている。
「今春の秀衡桜」の動画・和歌山・中辺路町 2011.4.17
・http://www.youtube.com/watch?v=6z1N_CSBXP8
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「計量記念日」、1歳になった双子パンダの体重は?読売新聞11月1日(火)
和歌山・白浜町
体重計の上のタイヤにのった陽浜(左)とリンゴを食べる海浜(1日・和歌山県白浜町)
計量記念日の1日、和歌山県白浜町のアドベンチャーワールドで、昨年8月に生まれた双子のパンダ「海浜(カイヒン)」(雄)、「陽浜(ヨウヒン)」(雌)の体重測定があった。
2頭は先月、母親の「良浜(ラウヒン)」(11歳)と離れ、自分で主食のササを食べるまでに成長。この日は、約200人の来場者が見つめる中、スタッフにリンゴで誘われ、順番に体重計にのった。
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| 倒れて道を塞いだ秀衡桜(内部が空洞化) |
世界遺産・熊野古道沿いにある名物桜「秀衡桜」が倒れているのが見つかった。寿命とみられる(和歌山県田辺市提供)
和歌山県田辺市の世界遺産・熊野古道沿いの名物桜「秀衡桜(ひでひらざくら」が1日朝、倒れているのを住民が見つけた。平安時代末期の奥州の武将、藤原秀衡が熊野詣の際に植えたと伝わるヤマザクラの4代目にあたるとされ、倒れた木は地元の森林組合が切断した。
市によると、31日夜から1日早朝にかけて倒れたとみられ、幹の内部が腐って空洞となっていたことから寿命と推定される。
秀衡桜は樹齢約150年で樹高約15メートル、幹回り3メートル20センチ。秀衡が熊野へ参る途中、生まれた子の無事を願って桜の枝を地面に刺したと伝わる。すぐ隣には5代目となる桜(樹高約8メートル)が育っている。
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| 今春の秀衡桜 |
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| 案内板 |
「今春の秀衡桜」の動画・和歌山・中辺路町 2011.4.17
・http://www.youtube.com/watch?v=6z1N_CSBXP8
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「計量記念日」、1歳になった双子パンダの体重は?読売新聞11月1日(火)
和歌山・白浜町
体重計の上のタイヤにのった陽浜(左)とリンゴを食べる海浜(1日・和歌山県白浜町)
計量記念日の1日、和歌山県白浜町のアドベンチャーワールドで、昨年8月に生まれた双子のパンダ「海浜(カイヒン)」(雄)、「陽浜(ヨウヒン)」(雌)の体重測定があった。
2頭は先月、母親の「良浜(ラウヒン)」(11歳)と離れ、自分で主食のササを食べるまでに成長。この日は、約200人の来場者が見つめる中、スタッフにリンゴで誘われ、順番に体重計にのった。
誕生時に158グラムだった海浜は34・8キロ、123グラムだった陽浜は37・9キロに。大阪市東住吉区の幼稚園児篤田丈(とくだじょう)ちゃん(6)は「パンダは僕より年下なのに、僕(24キロ)より重い。いっぱい食べてるからかな」。
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