みなべ・田辺地域には、南高梅と並んで全国に誇る有名ブランド「紀州備長炭」がある。農法が世界農業遺産に認定される理由の1つとなった炭焼きには、どのような技術があるのか。同地域で「炭焼き」と呼ばれる炭焼き職人の窯を訪ねた。
 
みなべ・田辺地域には、南高梅と並んで全国に誇る有名ブランド「紀州備長炭」がある。この地域の農業システムが世界農業遺産に認定される理由の1つとなった炭焼きには、どのような技術があるのか。同地域で「炭焼き」と呼ばれる炭焼き職人の窯を訪ねた。
 人里離れた渓谷の斜面にこつぜんと現れた炭焼き窯は、独特の匂いのする煙を勢い良く噴き出していた。
炭焼き小屋
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「原木を運び込みやすく、水があって、火に強い土がとれるところ。だから炭焼き窯はだいたい谷の横にある」。そう説明してくれた原正昭氏は、和歌山県木炭協同組合の代表理事も務める炭焼きの達人だ。
 廉価な「黒炭」に比べて火付きこそ悪いが、いったん火がつくと安定して長時間燃え続ける「白炭」は、最高級の燃料として、鰻の蒲焼き店や高級料亭などのプロの料理人からの人気が高い。とりわけ、みなべ・田辺地域でつくられる紀州備長炭の白炭はトップブランドとして評価されている。
 さっそく原氏に紀州備長炭の白炭を焼く作業工程について聞いた。まず、前準備として、山から原木を切り出し、長さ2メートル数十センチほどの長さにそろえた状態で炭焼き小屋に集める。原木は窯の中に立てた状態で焼かれるため、ところどころにくさびを打ち、できるだけ真っすぐな形にそろえられる。くさびは、より水分を抜けやすくする役割も果たす。
 紀州備長炭の白炭の原木には、アラカシ、アカガシ、ツクバネガシ、シラカシ、ウラジロガシなどが利用される。なかでも、温暖な地域にのみ生育し、和歌山県の県木に指定されているウバメガシが、最高級の備長炭の白炭になる。
 ウバメガシは他の木に比べ、生育が遅いため、水に沈むほど重く、硬い。養分の少ないこの地域の土壌で育つみなべ・田辺地域のウバメガシは、他の地域のウバメガシよりさらに生長が遅いため、年輪も見えないほど密で、硬度も非常に高い。だからこそ、打てばキンキンと金属音を響かせるほど硬い白炭になる。
 「ウバメガシは紀州備長炭でも一番名の通った原木で、生木1トンを焼いても、水分が抜け、炭化してした後は硬く締まって、120~130キロ程度になる」(原氏)。炭焼きは原木の投入から取り出し、次の原木の投入までが約1週間サイクルだ。これを盆暮れの休みをのぞいて一年間休まずに繰り返す。
炭焼きの第1段階として、1日目に「窯詰め」が行われる。まだ前の炭焼きの熱が残っている窯に、奥から原木を立てながら入れ込んでいく。  第2段階は、2日間かけての「口焚き」。下部に縦横数十センチの「窯口」と呼ばれる穴を残して、原木の搬入口を塞ぐ。このとき塗り込める“蓋”に使うのが、近辺からとってきた山土を焼いてつくった“す灰(ばい)”だ。
 このす灰を水で溶かして塗ると、コンクリートと同じように固まる。塗り込み作業が終わると、窯口の入口で雑木を燃やす。すると“蓋”にあけたいくつもの小さな穴から水蒸気が噴き出し、原木の水分が抜かれていく。
 第3段階は「炭化」。窯の中の原木の水分が抜けきり、着火したら、窯口を塞ぎ、蒸し焼きにする。窯の中を炭化に最適な温度に保つため、炭焼きは、煙の色や匂いをもとに判断し、“蓋”にいくつかの小さな穴をあけるなどして、窯の中に取り込む酸素の量を細かく調節する。
まだ熱の残る窯には先が二股になった棒をつかって原木を立て込む。その様子を原氏が再現してくれた
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原氏は煙(顔の右斜め前に写っている)を見ながら「煙が青白いということは炭化の終盤や。もうちょっと炭化が終わって来たら、青うなってきて、酸っぱい匂いやのぅて、ガスの匂いがしよる」と説明してくれた
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「ほやから、炭焼きは風邪ひいたらアウト。匂いでわかるようになるには10年くらいかかる。76歳のわしのお父はんなんか敏感で、ほかの炭焼きさんの窯のそばを車で通っただけで『明日窯出しやな』とか『この窯、今度はええ炭になるな』とか、今でも匂いでわかるんよ」と原氏は楽しそうに語った。
 炭焼きの長年の経験と研ぎ澄まされた感覚を頼りに炭化作業は3日間続けられる。
 最後に丸1日かけて行われる第4段階の「精煉」こそ、白炭の最大の特徴といえる。
 黒炭の場合、炭化が終わると窯に入る空気を遮断して消火する。しかし、白炭の場合は、窯口を徐々に広げ、窯の中に空気(酸素)を送り込む。すると、窯の中は1000度を超える高温となる。「刀の焼入れと一緒で、一度1000度に上げることで、ぎゅっと締まった炭が、もっと焼き締まる」(原氏)という。
 原木を窯の中に立て込んでから7日目、最終段階の「窯出し」が行われる。炭の温度は、高温に輝くその色合いで識別される。「赤い色はまだ早い。金色くらいが1100度くらいで、ちょうどええ」(原氏)。窯から取り出された炭には、すぐにす灰がかぶせられ、素早く消火される。その際に表面にこの白い灰が付着するため白く見えるが中身は真っ黒だ。
原氏が焼いたウバメガシの紀州備長炭の白炭
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密度の高い白炭の切り口には、金属にも似た光沢がある
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こうして、熟練の技に支えられた7日間にわたる炭焼きの工程が終わる。説明を聞き終えたあと、「紀州備長炭の白炭を生み出すために最も重要な技術とは何か」と尋ねると、意外な言葉が返って来た。 「一番大事なんは『山づくり』の技術やな」。


山づくりの根幹を支える「択伐」の技とは?
 「わしは紀州の炭焼きに代々受け継がれて来た山づくりの技術・択伐が、世界農業遺産だと思っとる」――炭焼き達人の原氏がそこまで言い切る「択伐」とは、どのような技術なのか。
 炭焼きは、薪炭林を管理・所有する山主に代金を支払い、炭の原料となる原木を伐採する。ブナ科コナラ属のウバメガシは、太い幹が伐採されると、その切り株の根元から「萌芽枝」と呼ばれる新たな枝が何本も萌芽し、成長する。
 みなべ・田辺地域の炭焼きは、地面の1カ所から複数の茎が伸びる「株立ち」の状態のウバメガシを伐採する際、ある程度の太さに成長した枝を必要なだけ選択して伐採(択伐)し、必ず、何本かの枝は切らずに残す。これが「択伐」と呼ばれる独特の伐採法である。
択伐された小屋の近くのウバメガシ。太い枝は切り、細い枝が残されている
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択伐した切り株には葉をつけた枝が残っているため、すべての枝を伐採する「皆伐」よりも、萌芽の勢いが強く、萌芽枝の成長も早い。そのため、択伐のやり方の違いによって次に炭焼きの原材料として使えるまでの期間が変わってくる。回帰年数の早いタイプの択伐方法で7~8年、遅いタイプでも15~20年たてば、前回の択伐で残した萌芽枝が伐採できるまでに成長する。
 40年間に、皆伐なら1回しか伐採できないが、択伐なら2、3度は原材料が採れる。過去の調査では、択伐をすれば皆伐の2倍以上の伐採材積(収量)が確認されているという。
 「全部いっぺんに切ってしもたほうが金にはなる。でも、択伐やったら、一生のうち3回切れる。木が若いうちに切ったら、出た芽の育ちが倍ちがう。1割、2割、もうけを山へ置いといたら、今度山へ上がるときに10倍になって戻って来る」と原氏は言う。
 「このやり方したら、15haの山があったら、炭焼きさんはその中で一生食っていけるだけの仕事が確保できる。これはものすごいノウハウやで」(原氏)
 こうして、薪炭林では、炭焼きが山々を回り、ウバメガシやアラカシ、アカガシなどのA級の原木はもちろん、A級の原木が少なければ、コナラやミズナラなどのB級の原木など、20種類にも及ぶ木が択伐される。逆にそれらの成長を阻害するスタジイ、ツブラジイ、クスノキなどは除伐することにより、薪炭林として維持管理されていく。
 「山を30、40年もほっといたら、炭になる木も太くなり過ぎて手遅れになる」。それだけではない。炭焼きによって手入れされない山は、土砂崩れや灌水機能の喪失などの可能性が大きくなってしまう。
 炭焼きの択伐は、まさしく「山づくり」の技術なのである。「定期的に切っとるさかい、こんな元気な山でいられる。こういう切り方してきたから、貴重な資源が枯渇せんとやってこれた。だからこそ紀州備長炭が生き残れた。択伐で山つくる技術ちゅうのは紀州独特の山づくりの技術や」と原氏は胸を張った。
みなべ・田辺地域の梅システムの断面図
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南高梅と紀州備長炭は都内のアンテナショップで入手できる
 このような優れた農業システムによってつくられた「みなべ・田辺地域の南高梅」を存分に味わってみたい……そう考える人にうってつけなのが、和歌山県が東京に出店している2つのアンテナショップだ。
 JR有楽町駅前の東京交通会館の地下1階にある「わかやま紀州館」は、2003年2月のオープン以来、売り上げを右肩上がりに伸ばし、平成26年度の年間購買客数は9万4500人に達した人気店だ。
「売上げの3割が『梅干及び調味梅干』で、ほとんどがみなべ・田辺地域のものです」と公益社団法人 和歌山県観光連盟「わかやま紀州館」の井沼秀計プロジェクトマネージャーが語るように、同店には約60アイテムの梅干しや調味梅干が並べられ、「梅干しのカプセルトイ」まで設置されている。
 「『私の梅干しはここに来たら買える』ということで、個別のブランドにお客様がついていて、“My 梅干し”を買いに来るリピーターが多いですね」と井沼氏は言う。店員に頼めば、ほとんどの商品が試食できる。
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紀州館のカプセルトイ
一方、2014年8月にオープンした「わかやま紀州館 いこら」は、JR東京駅の八重洲口を出てすぐのところにある。
 店内にずらりと並んだ梅干しと調理梅干しの商品のほぼすべての前に試食用の容器が並んでいる。
 「当初、梅干しと調理梅干しの200アイテムは、東京のアンテナショップで日本一の品ぞろえでした。現在も60~70アイテムあり、そのほとんどが自由に試食できます」と津留哲也店長は言う。
 「事業なので売り上げは伸ばさなければいけませんが、和歌山の中小の事業者さんが一生懸命つくった商品を東京で一つでも売り、その魅力を東京で広めるお手伝いするために、スタッフは接客中心、声掛け中心でやってきました」。そう津留店長が語るように、この店の特徴は、客の「もっと塩分の低いのは?」「甘いのは?」「昔ながらのすっぱいのは?」などのリクエストに丁寧に応えながら、その人に合った梅干しや調理梅干しを一緒に探してくれることだという。
 区画整理のため、残念ながら2016年2月19日に一旦クローズし、場所を変えて営業を再開する予定だが、それまでの期間は「お客様ご愛顧感謝セール」が開催されているので、高価な商品も、より買い求めやすくなっている。
 これら2つのアンテナショップに立ち寄って「みなべ・田辺の南高梅」を味わってみれば、世界農業遺産に認定された「みなべ・田辺地域の梅システム」の素晴らしさの一端をうかがい知ることができるかもしれない。
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わかやま紀州館 いこら
いこらでは、さまざまな種類の梅干を試食できる
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                                                                                                                                         以上