日本の鉄道は、「鉄道唱歌」(明治33(1900)年・東海道編から始まり、全国的に鉄道敷設により次々作詞・作曲される)に歌われているように・・・、
まづ最初は、
”汽笛一声新橋を はや我汽車は離れたり 愛宕の山に入り残る 月を旅路の友として♪"
より早く、明治5年(1872)9月12日に、新橋駅~-横浜駅間で正式開業した。
わが国で最初に走った汽車 |
和歌山県ではじめて運行された私鉄・新宮鉄道・新宮~那智勝浦が開通したのは今から100年前の大正元(1912)年の12月4日です。この新宮鉄道はのち国鉄に買収され、現在の姿になりましたが、丁度100周年という一区切り(一世紀)に当たるため、1日開通当時の様々な様子を復元した盛大なイベントが4日開催されました。
今後はこのイベントにあやかりその当時の衣装や開業当時の列車を走らせるなど街おこしにつないでゆくプランを練るそうです!
100周年・発車オーライ 新宮(和歌山県)開通当時(大正元年)の装束で祝福!
鉄道開業百周年記念キップ |
臨時記念列車の出発を合図する一日駅長と大正時代の
装束姿の乗客たち=JR紀伊勝浦駅
大正時代の装束姿で記念列車に乗り込んだ乗客たち=JR紀伊勝浦駅
大正から昭和初期に新宮市と那智勝浦町を結んで運行した旧新宮鉄道の開業100周年を記念する式典が1日、JR紀伊勝浦駅であった。「紀南における鐵道(てつどう)発祥の地」と記された記念碑の除幕式や、当時の駅名をデザインしたヘッドマークをつけた臨時記念列車の出発式もあった。
「新宮鉄道」は県南部の新宮市の三輪崎と那智勝浦町(約10km)を結んで大正元(1912)年12月4日から輸出用の杉やヒノキの木材を港の駅まで運搬するために主に使われた鉄道で、昭和9年に路線は国有化され会社はなくなりましたが、一部の施設はJR西日本に引き継がれました。1日のイベントでは開業当時の雰囲気を再現しようと地元の人たちが大正時代の軍人や駅員の制服、それに舞踏会で着用したといわれるドレスなどの衣装をきて特別列車に乗り込みました。特別列車は当時のターミナルだった「三輪崎」駅まで運行されました。
駅ではステッカーなどの関連グッズや数量限定で記念切符も販売され集まった鉄道ファンの人気を集めていました。新宮鉄道の開業で当時は紀南地方もにぎわいました。イベントはにぎわいを取り戻そうという商工会やJR職員など地元の人たちが開いたもので商店街ではイベントにあわせてまぐろのつみれ汁がふるまわれてました。イベントを実施した地元の実行委員会では今後、新宮市で大正時代の衣装を着るイベントや開業当時の客車をJR紀勢線で走らせる計画もあるということです。
紀伊勝浦駅の駅前広場であった記念碑の除幕式は地元の鉄道ファンや観光協会・JR西日本和歌山支社などが結成した実行委員会が主催。「新勝鉄道唱歌」が合唱され、開業当時の大正時代の装束姿の出席者もいた。
JR三輪崎駅に向かう記念列車の出発式では、地元の勝浦小学校1、2年生の4人が一日駅長を務めた。
・「新宮鉄道開業百周年 三輪崎駅開業百周年記念」を祝福して「三輪崎鯨踊・綾踊」が披露されました。下の「youtube」をご覧下さい(和歌山県無形民俗文化財指定)
以上
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