「勤労感謝の日」について・ 主に 『ウィキペディア(Wikipedia)』より
勤労感謝の日(きんろうかんしゃのひ)は、日本の国民の祝日の一つである。日付は、11月23日。
祝日法の趣旨によれば「勤労をたつとび、生産を祝い、国民たがいに感謝しあう」ことを趣旨としている。1948年(昭和23年)に公布・施行された同法により制定された。
農業国家である日本は、古くから神々に五穀の収穫を祝う風習があった。また、その年の収穫物は国家としてもそれからの一年を養う大切な蓄えとなることから、収穫物に感謝する大事な行事として飛鳥時代の皇極天皇の時代((642~645)に始まった「新嘗祭(にいなめさい、しんじょうさい)」の日が第二次世界大戦後のGHQの占領政策によって天皇行事・国事行為から切り離される形で改められたものが「勤労感謝の日」である。
そこで、さらにルーツを求めて「新嘗祭」について調べて見ると・・・
「新嘗祭(にいなめさい、にいなめのまつり、しんじょうさい)」は宮中祭祀のひとつ。大祭。収穫祭にあたるもので、11月23日に、天皇が五穀の新穀を天神地祇(てんじんちぎ)に進め、また、自らもこれを食して、その年の収穫に感謝する。宮中三殿の近くにある神嘉殿にて執り行われる。
1947年までは「新嘗祭」とし祝祭日(休日)となっており、1948年以降も「勤労感謝の日」として国民の祝日になっている。
新嘗祭自体は伊勢神宮及びそれに連なる神社の祭儀となり、伊勢神宮には天皇の勅使が遣わされ、大御饌(おおみけ:神が召し上がる食事)を供える形式となり遺されている。
わが国は元々農業国であったことから、五穀豊穣を祝うことが行われました。
・「五穀」とは、この言葉は元々中国から伝わって来たモノですが、
日本においては、「いつつのたなつもの」あるいは「いつくさのたなつもの」とも読みます。
古代からその内容は一定していないが、現代においては、米・麦・粟(あわ)・豆・黍(きび)または稗(ひえ)を指すことが多い。いずれも代表的な人間の主食である。これら五種をブレンドした米を五穀米(ごこくまい)と呼びます。
・稲・麦・粟・大豆・小豆(『古事記』)
・稲・麦・粟・稗・豆(『日本書紀』)
稲 |
麦 |
稷(「音」ショク:「訓」キビ:意味・あわ |
黍「音」ショ:「訓」きび・意味:とうきび・さとうきび |
菽「音」ショク:「訓」まめ |
0 件のコメント:
コメントを投稿