これによると、この震災のため原子力発電所の事故が発生したことにより、危険な区域に住む人々は住み慣れた、そして生活の場としていた地域から離れざるを得なくなりました。再びそこに安全に住むためには放射能の問題を克服しなければならないという困難な問題が起こっています。
と震災の現実と問題点を直視され、お言葉を述べられていますが、どう言うわけかこの核心部分がマスコミの報道から抜け落ちて仕舞っているという、摩訶不思議な事実が明らかになりました。 ついては、最初に掲載した(要約お言葉)と(お言葉全文)を掲げ直しますので、一字一句丁寧に読み返して頂きますようお願いします。そして、国にとって政府にとって不都合な箇所がどういう圧力が掛かってマスコミの報道から消え失せたのかも大きな問題です。われわれの「知るれ権利」が何処かで制御されていると云うことにです。
(前掲載)
きょう11日午後政府主催の「東日本大災害」発生1周年追悼式が国立劇場で執り行われ、天皇陛下のたってのご希望で心臓手術の病をおしてご臨席され、陛下は「被災地の今後の復興の道のりには、多くの困難があることと予想されます。国民皆が被災者に心を寄せ、被災地の状況が改善されていくよう、たゆみなく努力を続けていくよう期待しています。そして、この大震災の記憶を忘れることなく、子孫に伝え、防災に対する心掛けを育み、安全な国土を目指して進んでいくことが大切と思います」と、おことばを述べられました。
(全文掲載)
2012年3月11日 東日本大震災一周年追悼式 今上天皇お言葉
一年前の今日、思いもかけない巨大地震と津波に襲われ、ほぼ二万に及ぶ死者、行方不明者が生じました。その中には消防団員を始め、危険を顧みず、人びとの救助や防災活動に従事して命を落とした多くの人びとが含まれていることを忘れることができません。
さらにこの震災のため原子力発電所の事故が発生したことにより、危険な区域に住む人々は住み慣れた、そして生活の場としていた地域から離れざるを得なくなりました。再びそこに安全に住むためには放射能の問題を克服しなければならないという困難な問題が起こっています。
このたびの大震災に当たっては、国や地方公共団体の関係者や、多くのボランティアが被災地へ足を踏み入れ、被災者のために様々な支援活動を行ってきました。このような活動は厳しい避難生活の中で、避難者の心を和ませ、未来へ向かう気持ちを引き立ててきたことと思います。この機会に、被災者や被災地のために働いてきた人びと、また、原発事故に対応するべく働いてきた人びとの尽力を、深くねぎらいたく思います。そしてこの大震災の記憶を忘れることなく、子孫に伝え、防災に対する心掛けを育み、安全な国土を目指して進んでいくことが大切と思います。
また、諸外国の救助隊を始め、多くの人びとが被災者のため様々に心を尽くしてくれました。外国元首からのお見舞いの中にも、日本の被災者が厳しい状況の中で互いに絆を大切にして復興に向かって歩んでいく姿に印象づけられたと記されているものがあります。世界各地の人びとから大震災に当たって示された厚情に深く感謝しています。
被災地の今後の復興の道のりには多くの困難があることと予想されます。国民皆が被災者に心を寄せ、被災地の状況が改善されていくよう、たゆみなく努力を続けていくよう、期待しています。
今後、人びとが安心して生活できる国土が築かれていくことを一同と共に願い、御霊への追悼の言葉といたします。今上天皇は「追悼式への出席は手術前から強く望んでいたとされ、手術後も心臓機能回復のためのリハビリを黙々とこなしたという。3月4日の退院後も息切れの症状が残るなど、改善傾向が後戻りする局面もあったが、7日に右胸にたまった水を抜く治療を受け、9日にも検査を受けたうえで出席を決めていた。」(朝日新聞)という。
それだけの困難を乗り越えてまで追悼式に臨まれた今上天皇のお言葉の全文を聞いて、最初に思ったのは、「陛下は原発の破局事故に対する極めて正しい認識を持っておられる」ということだ。
陛下ははっきりとこうおっしゃっている。
「さらにこの震災のため原子力発電所の事故が発生したことにより、危険な区域に住む人々は住み慣れた、そして生活の場としていた地域から離れざるを得なくなりました。再びそこに安全に住むためには放射能の問題を克服しなければならないという困難な問題が起こっています。」
「放射能は困難な問題」だとはっきり認識しておられるのだ。そして、
「今後、人びとが安心して生活できる国土が築かれていくことを一同と共に願い、御霊への追悼の言葉といたします。」と締めくくっておられる。
これは今上天皇がその制約された立場から出来得る最大限の原発に対する意見表明だ。
「にもかかわらず」、あるいは「であるからか」、twitter等からの情報では、マスメディアは昨日、今日のニュースでこの「放射能」の部分をカットして流しているらしい。確かにわたしも今日になっていくつかのニュースを確かめたが、この部分は流れなかった。
決して万全でない体調を押して、それでも今上天皇が追悼式に出席されて発せられたお言葉の肝腎な部分をカットして放映するとは、日本のメディアはどこまでも不敬である。
これに対して総理大臣としての野田の挨拶には「放射能」の「ほ」の字もない。原発事故について言及したのは「原発事故との戦いは続いています。福島を必ずや再生させ、美しいふるさとを取り戻すために全力を尽くします。」という部分だけである。
「あれ、冷温停止状態で収束したんじゃなかったかね?」、はっきり言えば福島が再生し、美しいふるさとを取り戻すことができるのは、いつのことになるのか誰にも分からない。原子力村を構成した学者は黙りを決め込んでいる。原子力委員会の斑目委員長も「疲れ果てた」と3月一杯で辞任するらしい。いずれにせよ原子炉の廃炉にさえ4,50年もかかるというのだから・・・
それほどの破局事故が起き、現在も進行中であるにもかかわらず、野田の言葉はなんと軽いのか。
京都大学の小出裕章助教の言葉を借りれば、まさにそう遠くない将来に復興できるかのような「幻想を与えて」いるのであって、しかもその裏で除染や震災瓦礫の広域処理といった無意味な事業を利権化して血税を投入している。
そういう現政府や東京電力、原子力ムラにはびこる御用学者連中からすると──。
今上天皇が追悼式に出席することを本音の部分では快しとしなかったのではないだろうか?
---------------------------------------------------
序でにもう一つ圧力の例を挙げればTV朝日の古館伊知郎キャスターのケース
3月11日、テレビ各局は軒並み震災特番を放送したが、その中で、テレビ朝日系『報道STATION スペシャル』での司会・古館伊知郎の発言が波紋を広げている。
話題になっているのは、番組の終了間際のエンディングトークの場面。震災で不通となった三陸鉄道南リアス線三陸駅のホームに立った古舘は、「この番組に関して後悔することがあります」と神妙な面持ちで語りだした。古舘はまず、"牛の墓場"となった牧場について撮影・放送しなかったことを「一つ目」の後悔として語り、その後に、「二つ目の後悔は原発に関してです」として、以下のように語った。
「『報道STATION』ではスペシャル番組として、去年の12月28日の夜、原発の検証の番組をお送りしました。津波で原発が壊れたのではなく、それ以前の地震によって一部、(福島)第1原発のどこかが損壊していたのではないかという、その追求をしました。今回、このスペシャル番組で、その追求をすることはできませんでした。
"原子力ムラ"というムラが存在します。都会はこことは違って目映いばかりの光にあふれています。そして、もう一つ考えることは、地域で、主な産業では、なかなか暮らすのが難しいというときに、その地域を分断してまでも、積極的に原発を誘致した、そういう部分があったとも考えています。その根本を、徹底的に議論しなくてはいけないのではないでしょうか。私はそれを、強く感じます。そうしないと、今、生活の場を根こそぎ奪われてしまった福島の方々に申し訳が立ちません。私は日々の『報道STATION』の中でそれを追求していきます。もし圧力がかかって、番組を切られても、私は、それはそれで本望です。また明日の夜、9時54分にみなさまにお会いしたいです。おやすみなさい」
テレビ朝日の看板キャスターが生放送中に、原子力業界からの圧力で番組内容に変更があったことについて明確に認めるという異例の事態に、放送直後からネット上は紛糾。「古舘、よく言った」という賞賛だけでなく「今さらか」といった批判もあふれ、一夜明けた12日朝になっても活発な議論が続いている。
ともあれ、今後同番組内で「それを追及していく」とした古舘と『報道STATION』スタッフに"自由な報道"が許されるか否か、注意深く見守っていきたい。いずれにしろ、メインキャスターである古舘が自由に発言するために「番組を切られる」覚悟でカメラの前に立たなければならなかったという事実は、現在のテレビの報道番組が置かれた、極めていびつな構造を表している。
おはようございます♪
返信削除先ほど亡くなった吉本隆明氏が、「天皇論」で、「天皇は、国の安寧を祈ることのみにおいて、国民の支持を売ることが出来る」という趣旨の論を展開していたのを、30年ほど歳月が経った今でも覚えています。いっそ、東北に御所を持っていったら、どうなんでしょうね。「復興庁」と国会両院をおまけにして!
Nステの特番、わたしも見ました。(長淵さんがみたくて!)そういえば、「反原発」を訴えている吉永小百合さん、この頃露出が減っていますね。SHARPは、業績が悪化しているそうですが、経費削減だけが理由なんでしょうか?
アメリカの作家で、ラルフ・エリソンという方がいますが、その代表作「見えない人間」で、主人公が電力会社相手に戦っている、という独白のくだりがあるんですが、この「電力会社」の原文は、Erectric Light & Powerなんですよね。Powerというところがコワイね、とその頃議論したことを思い出しました。
EYASUKOさん
返信削除いまの天皇制における天皇は国の象徴として、国事行事の執行者としてしか
役割はなく、政治に口を挟むなんて到底できっこないと憶測しますし、今回の
追悼の辞は宮内省、政府の検閲を経てのお言葉だと受け取っています。
古来から宮中に伝わる宮中行事は大事なモノだけでも30を数えると聞きました。
宮中秘儀には両陛下とも早朝よりミソギの上臨まれるそうですから、それだけでも
大変なことなのに、東日本大震災には相当お心を痛められ、今回のお言葉は
陛下としての精一杯の願いに他ならないと感じます。
美智子妃殿下には卑弥呼ならぬ「巫女」の趣さえ感じる今日です。
電力会社は昔は「電灯会社」でした。世の中の発展、成長とともに電気の役割も
電灯(家庭用照明)でなく産業の米である「電力」に、それも原子力時代へ・・・
人間がコントロール・制御できないツールである原子力が檻を破って、ゴジラの
ように大都会を破壊し尽くす!原子力の御用学者どもは何処へ行った?
それから、シャープ・ソニー・パナソニック等液晶技術では韓国より優れ、一時は
日本メーカーが優位に立っていたのですが、韓国企業は國の人口からして日本の
3分1、したがって当初から輸出重点、これを韓国政府の強力なバックアップ、
それにウォン安、全てがフォローウインドウ、これに対して円高、政府の無策、
会社首脳の予測誤り、これらが大きく業績の差となって現れて来ました。
わが国の企業も舵を切り直しつつありますが、自動車、電器製品は部品のインテ
グレード産業ゆえ部品を供給する中小企業が生き残れるか、大きな問題を解決し
なければなりません。