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2013年5月3日金曜日

現在の「和歌祭」と「和歌祭大正九年・藩祖入国三百年祭」

 5月に入って最初に広義の和歌浦の景観と和歌浦漁港交流拠点施設「おっとっと広場」において、ゴールデンウィーク期間中の休日に「丼まつり」が開催されていることをアップしましたが、この12日(日)「和歌祭」が開催されます。


ご存じの通り「和歌祭」は紀州・東照宮には徳川家の始祖・家康公と紀州藩始祖・頼宣公(南龍公)を お祀りしている訳ですが、その歴史を振り返れば、元和7年(1621年)に徳川家康の十男である紀州徳川藩祖・徳川頼宣により南海道の総鎮護として創建され、関西の日光とも称され、本殿は伝・左甚五郎作の彫刻や狩野探幽作の襖絵がある豪華な造りです。
東照宮からの景観

東照宮は、雑賀山に位置し、雑賀山は和歌浦湾の入江を眼下に納め、右手には天橋立のような片男波の砂嘴が延び、左手には北岸をみるまさに「扇の要」の位置にあります。西には天満宮が、東には玉津嶋神社が位置し、 元和5年紀州初代藩主として入国した徳川頼宣(1602~71)により、東照大権現を祀る東照社として建立されました。



頼宣の紀州入国とともに計画され、元和6年(1619)起工、元和7年(1620)に竣工・遷宮式が行われた。『紀伊続風土記』によれば、境内は方八町で、宮山周囲50町余りであった。現在は頼宣公(南龍院)も合祀している。

東照宮の例祭は、元和8(1622)年に趣向を凝らした絢爛豪華な風流(ふりゅう)の祭りとして創始されているが、江戸時代には、国中第一の大祭であった。

諸国から多数の見物人がきたという。明治以降も「和歌祭り」と呼ばれて、大勢の観衆を集め、親しまれた。近年段々と往古に復した祭へと復興されてきつつある。

今回アップしたのもその現れの一つであり、その始まりは元和7(1621)年というのだから、390年余の歴史がある。したがって、2021年には400年祭を迎えることになるが、8年後にはこの時期を迎えるため、それまでに往古の祭に復元を目指した活動が高まるに相違ない。今回の企画もこれらの流れに沿っておこなわれたものであろう。

歴史は一年一年の積み重ねであるから、このながい流れに中で幾多の変遷があったろうにと思われるので、この際、12日のお祭り開催まで3回位にに亘って往古の「和歌祭の姿」を追ってみよう!

         ☆                 ☆                  ☆ 

・和歌山大学企画展「和歌祭大正九年(1920)・藩祖入国三百年祭」                                                                             (wbs和歌山放送4/19より)

 ことし(2013年)も5月12日に和歌山市で開かれる「和歌祭(わかまつり)」を前に、和歌山大学では、大正9年(1920年)の和歌祭を撮影した写真や、貴重な資料などを展示する企画展を行っています。


                             

    大正9年の和歌祭の写真(4月19日・和歌山大学にて)

これは、和歌山大学・紀州経済史文化史研究所が4年前から和歌祭の時期に開いているものです。今回は大正9年に、紀州徳川家初代藩主・徳川頼宣(とくがわ・よりのぶ)の入国300年を記念して開かれた和歌祭の模様を写した写真と、その準備費用を記録した特別会計簿や領収証が、初めて公開されています。

                             
        
                         見物客(上)や行列(下)の写真(4月19日・和歌山大学にて)
 
写真には、唐船(とうぶね)や母衣(ほろ)の行列のほか、見物客の模様も撮影されています。

                                  

                  大正8年の特別会計簿(4月19日・和歌山大学にて)
また特別会計簿や領収証には、紀州藩家老・三浦家の子孫で男爵(だんしゃく)の三浦英太郎(みうら・えいたろう)が当時3705円を寄付したことや、祭りの道具を作る職人の日当などが詳細に記録されています
                                
            「赤母衣」(4月19日・和歌山大学にて)
このほか、昭和42年(1967年)当時3歳から4歳だった男の子が初めて祭りに参加するのを祝って作られた「赤(あか)母衣(ほろ)」や、昭和10年(1935年)の和歌祭の行列などを撮影したフィルム映像、また大正4年(1915年)の徳川家康300回忌の和歌祭で、藩の軍船・御関船(おせきぶね)に掲げられた、葵(あおい)の御紋(ごもん)の旗なども展示されています。

                                  
           

吉村特任准教授(4月19日・和歌山大学にて)

監修する和歌山大学の吉村旭輝(よしむら・てるき)特任准教授は「観客は当時10万人を超えたとされ、資金面で運営に苦労したことが展示から読み取れる」と話しています。
この企画展は、来月(5月)17日まで、和歌山市栄谷(さかえだに)の和歌山大学・紀州経済史文化史研究所展示室で開かれています。入館料は無料です。
開館時間は平日の午前10時半から午後4時までで、土日と祝日は休館となります。
 
 
昭和10年の和歌祭のフィルム映像(4月19日・和歌山大学にて)


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           御船歌、朗々練り歩き 来月12日の和歌祭をPR 和歌山
和歌祭の伝統芸能「御船歌」を歌いながらキャンパス内を練り歩く学生ら=和歌山大学
 

  江戸初期から伝わる紀州東照宮(和歌山市)の大祭「和歌祭」で歌い継がれる伝統芸能「御船歌(おふなうた)練り歩き」が17日、和歌山大学で披露され、キャンパスに朗々とした歌声が響いた。

 御船歌は船乗りの労働歌で、和歌浦の美しさをたたえている。昭和55年以降、途絶えていたが、和歌山大紀州経済史文化史研究所などの調査で音源が発見され、平成22年に約30年ぶりに復活した。

 練り歩きは、同研究所が開催する企画展の関連イベントとして企画。長法被姿の学生や卒業生ら7人が太鼓やのぼりを手に、御船歌を歌いながらゆっくりとキャンパス内を練り歩いた。参加した教育学部2年の大倉志織さん(20)は「和歌祭は和歌山のメジャーな祭り。もっと多くの人に参加してほしい」と話していた。学生らは来月12日に開催される和歌祭でも御船歌を披露する。
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・(近代における和歌祭)
1. 近代の和歌祭 (執筆 ・和歌山県立博物館主査学芸員 前田正明)
 今年も5月12(日)に、和歌山市の和歌浦周辺では、江戸幕府を開いた徳川家康を祭る紀州東照宮の祭礼・和歌祭が行われます。
 
 そこで、今回は徳川氏の支配が終わった明治以降、和歌祭がどのように受け継がれていったのか、近代の和歌祭の歴史を紹介します。というのも、江戸時代に行われた東照宮の祭礼が、今日まで続いているのは日光東照宮と紀州東照宮ぐらいで、意外と少ないようです。

 近代に入ると、明治政府は神仏分離の政策をとりました。紀州東照宮でも別当寺である雲蓋院や子院は廃寺に追い込まれたり、社領千石余が没収されたりして、経済的基盤が失われます。和歌祭も一時中断を余儀なくされますが、明治7年(1874)には有志によって再興されたといわれています。

 その後、明治18年(1885)に徳盛社、明治32年(1899)に明光会といった後援会が設立され、後援会の後押しによって、和歌祭は継続されました。その背景には、旧藩士の働きかけや地元和歌浦の人々の努力も大きかったようです。
 

 古くから景勝地として有名であった和歌浦は、明治の終わりごろ、改めて観光地として注目されました。大正9年(1920)に行われた藩祖御入国三百年祭では、和歌浦の観光開発に関心を寄せていた京阪電車と南海電車からの寄附があったようです。

  さらに、昭和9年(1934)に行われた和歌山城築城350年祭では、初めて和歌山城周辺で渡御行列が行われています。やがて、戦時体制が強まるようになり、昭和12年を最後に和歌祭は中断されることになりました。
 
 
 昭和23年(1948)に和歌祭が復活されると、渡御行列は商工祭の一環として行われます。そして、平成14年(2002)から商工祭から独立して、和歌祭は地元和歌浦で行われるようになりました。

 そして400年祭が数年後に迫った今日、今までにも増して往古の姿に復元しようとの努力が積み重ねられ、400年祭には創始の姿に復元された「和歌祭」として、われわれに見せて呉れるに相違ありませんが、そのためには、過去の記録等昔の姿を調べ挙げ、途絶えて終ったモノを復元する大変な精力的な努力と資金が求められています。おそらく「和歌祭保存会」が中心になることでしょうが、産・官・民の三者一体の共同体でしか成し遂げられないと思われます。和歌山大学による「和歌祭大正九年(1920)・藩祖入国三百年祭」もこうした考え方を踏まえた企画の一つと評価できましょう!
         
 写真1 和歌祭図(榎本遊谷筆、個人蔵)
大正9年(1920)藩祖御入国三百年祭で行われた渡御行列を描く。
写真2 御旅所に向かう渡御行列(和歌山県立博物館蔵)
大正15年(1926)に行われた和歌祭を撮影した和歌祭写真帖から。

 「和歌祭」の往古の姿を求めて、このテーマは12日の「和歌祭」当日まであと2~3回続きます
                                                                                                                                                                                           (つづく)

2013年5月1日水曜日

広義の「和歌浦」のパノラマ展望と「おっとっと広場」の「丼まつり」をお楽しみ下さい!

 

  今年もはやゴールデン・ウイークで、今日から5月に入りました。
4月は「ラ・フェスタ・プリマヴエラ2013」イベント(4/20~23の4日間で近畿地区をクラシックカー約70台がレースを競う)のスタンプ・ポイントに海南市黒江「うるわし館」がご指名を受け、地元の景観保存団体「黒江japan」が「歴史ある古いモノを大切にする「ラ・フェスタ・プリマヴエラ」運営事務局の主旨・信念と「黒江japan」の理念とがお互いマッチするので、快諾したため「黒江japan」の広報PR担当サポーターとして広くブログでPRを依頼されたこともあって、4月のブログ・アップは「ラ・フェスタ・プリマヴエラ2013」の事柄が主体となりましたが、同大会が幕を降ろした今日、ブログの主旨の原点に戻って、地元の『温故創新』をテーマとすることといたします。


 そこで前回紀州の母なる川「紀ノ川」を採り上げましたが、和歌浦湾に注ぐ「和歌川」は元々紀ノ川の支流で、「和歌浦」が国の名勝指定を受けたあとを受けて「和歌浦」の指定区域拡大を目指す産・官・民の活動が活発化してきており、この度和歌山市主導で拡張を推進しています。
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・「和歌川」

日前宮を出て市街に向かうとやがて小さな川を渡る。これが和歌川、全長7.7kmで、和歌山城下と和歌の浦を結ぶ。今は小さい川だが、古代、ここが紀ノ川だった。
聖武天皇もここを下って玉津島に行幸したという。
 橋を大橋と言う。渡ってすぐ左手あたりに、本居宣長を和歌山で迎えた和歌山藩士・小浦朝通の屋敷があった。小浦は寛政2年(1790)の入門。松坂にもしばしば来訪し、横滝寺で紅葉を楽しんだりもする。

 3回の和歌山行きで、本居宣長が宿舎としたのは、中ノ店北之町(城から徒歩10分、今も和歌山一の繁華街)にあった鍼医・塩田養的(シオダ・ヨウテキ)の裏座敷だが、小浦は、船で和歌山入りする宣長を弁当を用意して迎えに行ったり、挨拶廻りの案内をしたりと、師のために力を尽くす。 そして宣長が和歌の浦に遊び、玉津島神社に参詣に行く時には、自宅の前から船を出した。      もちろんたっぷりのごちそうとお酒も積み込んであったはずである。

 和歌川を過ぎると右手前方に和歌山城が見えてくる。その反対側、左手に関西電力和歌山支店のある交差点。ここを左に入ってすぐ左に大平の家があった。小浦の屋敷や大平宅と、この辺り一帯「広瀬丁」は武家の町である。                 
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そして今回「和歌の浦景観重点地区内における眺望について」というインターネット向け広報を行ったが、この中で和歌浦内のビューポイントからの眺望を組み入れ、パノラマ方式で広義の和歌浦を展望できるので、みなさんにもぜひ国の名勝「和歌浦」の見事な自然美溢れる眺望を観て頂きたく、ここに転載させて頂いたような次第です。ぜひ、この機会に下記のアドレスへアクセスしてお楽しみ下さい!

(主旨)
 和歌の浦(雑賀崎・田野・和歌浦地区)の景観は、市民アンケート(街頭・郵送)において、「お気に入りの場所・景観資源」として、「和歌山城周辺」と並び、圧倒的な支持を集めるなど、多くの市民に愛されています。

 そのため、当該地域の景観的価値をより高めるために、和歌山市景観計画に定めた「景観重点地区」に指定すべく、平成24年1月から同年7月までの間、地元連合自治会・市民活動団体・公募市民等による「景観まちづくりワークショップ」を開催するなど、地域住民の皆様方と協働の取り組みを行ってまいり、平成25年3月15日に和歌の浦景観重点地区を指定しました。
 

和歌の浦景観重点地区内における眺望について


和歌浦の全景写真(航空写真)

 
「紀伊名所図会」に描かれた「和歌浦」全景
 
和歌山マリーナシティーからの「和歌浦」眺望
 
・和歌浦ビューポイント:視点場からの眺望はこちら
 

http://www.city.wakayama.wakayama.jp/menu_1/gyousei/toshiseibika/wakanourajuten_cyobo/index.html
 
 

・広義の「和歌浦地区」範囲図

 
・和歌浦区域図:和歌の浦景観重点地区区域  約634.8ha

和歌浦湾や片男波海岸を囲む眺望・景観の保全を主眼としている処から。それらの眺望景観(主に俯瞰景・仰瞰景)の及ぶ範囲や、地元住民やしみんおが認識している和歌の浦の範囲を区域とします。
              ☆               ☆                ☆
和歌浦の活性化で観客を呼び込もうと和歌浦湾で水揚げする新鮮な魚を扱う昨年11月に開店した和歌浦漁港交流拠点施設「おっとっと広場」で和歌浦名産シラス・マグロ・鯨・焼豚などいろんな丼を賞味出来ます。春の陽気に誘われて和歌浦を散策、お腹が減ればお好きな丼をいかが!


・「丼まつり」イベントは以下の通り開催されます。

4/27~5/6、和歌浦漁港おっとっと広場で「丼まつり」開催

◆期 間: 平成25年4月27日(土)~29日(祝)、5月3日(祝)~6日(祝)
◆時 間: 10:00~14:00 (売り切れ次第終了)
◆場 所: 和歌浦漁港内「おっとっと広場」(和歌山市新和歌浦1759
【地図】)
◆主 催:
有限会社ベイサイド和歌浦
◆参 考: http://www5.ocn.ne.jp/~bayside/donburi.html



 こちらが、昨年11月にオープンした「おっとっと広場」です。
 毎週土日と祝日の10:00~14:00、和歌浦で獲れた「わかしらす」や「アシアカエビ」を中心に     県内産の新鮮な魚介類を販売しています。

 ゴールデンウィーク期間中は、しらす丼、鮪のごまだれ丼、生しらす天丼、鮪丼、鯨カレー丼    など海鮮丼のほか、焼き豚丼やチャーシュー丼など、いろんな種類の丼が販売されるんです



 (鮪のごまだれ丼)

 (生しらす天丼)

 (焼き豚丼)
 写真・図版

生シラスの天丼などを味わう親子連れ=和歌山市新和歌浦
 

写真・図版
生シラスを買い求める客

土日と祝日に和歌浦漁港で地元の新鮮な魚介類を販売する県施設「おっとっと広場」(和歌山市新和歌浦)で27日、「どんぶり祭」が始まった。県内外でとれた海の幸を使った丼が500円前後とあって、初日から大勢の客が訪れた。
 

 昨年11月の同館オープン後、初のイベントとして春の大型連休に合わせて催した。地元特産のシラスを生のままかき揚げ天ぷらにした「おっとっと丼」や、シラス丼、マグロ丼、クジラカレー丼など11種類の丼を提供している。
 
 同館の沢口雄正(かつまさ)館長(48)は「5月の連休中は遊具も用意し、若い家族連れも半日過ごせるようにしたい」といい、1日千人の来場を目標にしている。催しは29日までと5月3~6日の午前10時から午後2時。問い合わせは同館(073・446・3305)へ。

 

また、和歌山県漁業協同組合連合会さまのご厚意により、4月29日(祝)は先着200名様に鰹 のタタキが、5月6日(祝)は同じく先着200名様に鯛めしが無料で振る舞われます

 ゴールデンウィーク期間中に和歌山に遊びに来られる方、また和歌山に帰省される方は、     ぜひ和歌浦漁港のおっとっと広場にお越しください
 お問い合わせは、有限会社ベイサイド和歌浦 (電話:073-446-3308)へお願いします
【参考サイト】◆ベイサイド和歌浦:http://www5.ocn.ne.jp/~bayside/
                                        以上

2013年4月29日月曜日

近場の「琴ノ浦温山荘園」でゴールデンウイークを愉しむ!


春の陽気に誘われて、最近はすぐ東に隣接する「琴ノ浦温山荘園」と同園内のある「和歌山県立自然博物館」を訪ねる機会が随分増えた。

というのも「温山荘園」の一部は無料開放されていてサクラの見どころにもなっているし、自然博物館は65歳以上者は証明になるもの持参で無料になる。勿論ご近所付き合いということで「顔パス」も効くが・・・最近TVや新聞等で珍しい生物が寄贈されて展示しているとの情報も飛び込んでくる!

そういうことで、園内を散策していたら高校時代の国語の恩師・久世正富先生が「琴ノ浦」を詠んだ句碑がいつの間にか「琴ノ浦温山荘園」内に移築されていたのを発見した。

この句碑は元々同園から黒江湾を回り込んだ5Km南西の和歌浦湾や琴ノ浦が眺望できる場所に建立されていたが「説明書き」によれば昨年夏に有志の手によって「琴ノ浦温山荘園」に移されたようだ。短歌の内容は琴ノ浦を詠んだ句であるから、やっと安住の地を得たという処か!

                            (以下クリックすれば拡大し見やすくなります)









 


久世正富先生は伊勢の皇學館大学を卒業、長年にわたり旧制中学校・新制高校の「国語(古文)」の教鞭をとられ、県下各高校の校長を務められるなど、県下教育界の重鎮でした。
一方、若い頃から短歌に親しまれ、短歌集や句碑それの県下小中高校の校歌の作詞をされるなで、県下に大きな足跡を残されました。わたしが海南高校在学中は国語(古文)を分かりやすく詳しくお教え頂いたことが、現在でもわが国の古典好きにつながっている。若い頃に受けた薫陶は歳を老いても生き続けるモノだと思う次第である。
          ☆              ☆               ☆



    海南高等学校 校 歌
               作詞 久世 正富
               作曲 永井 幸次

   風は緑に   大野ヶ原   
    希望果てなき 若き日の   
     睦ぶ集いに  香りも高き  
      文化の殿堂  真理の泉   
       幸ある我等  楽し学舎   
        誇れ我等の  海南高校   


   光満ちたる  大野ヶ原   
     燃ゆる若さの 輝きを    
      謳え朗らに  心も清し   
        自由の殿堂  平和の光   
          栄ある我等  床し此の校風 
           薫れ我等の  海南高校   



黒江つつてん踊り  あが家(あがえ)訪問 (県議会議員・雑賀光夫)

◯年◯月十九日あさ、海南市黒江の川端通りの「あが家」を訪問して、「つつてん踊り保存会」の方のお話を聞きました。 「雑賀が訪問する」と聞いて、小学校時代の恩師で保存会の顧問格の先生がわざわざきてくださ ったのには感激。  つつてん踊りは、享和三年飢饉の際、黒江の人たちを救おうと直訴した重根屋伊七の法要とし て盛んになったという。  重根屋伊七のことは、「海南郷土史」に久世正富先生が紹介しておられるのを、たまたま数日 前に読んでいたが、説明の途中で、やっと思い出したような次第。
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・「和歌山県立自然博物館」・・・自宅から東へ約60mにある


 






同館には庭石を鑑定して貰ったら珍しい化石だった石や、地元海南市下津町の川で捕獲して同館に寄贈された大ウナギ、日高川で発見された稀少なハゼ・それに発掘途中の恐竜の化石の一部が展示されるなど、訪ねる毎に新しい発見がある。

同館の駐車場のすぐ西がわが家というヨシミで普段から親しくさせて頂いているが、この度は夫婦で訪ねたので同館の学芸課長さんがお相手をしてくれ、同館で開催するイベントのことでハナシが弾んだ。また、わたしのブログで同館のイベント紹介することも了解をもらい、お互い持ちつ持たれつの関係を保持してゆくことで同意した、というのも同館が屋上に設置している駐車場監視用のカメラが、幸か不幸かわが家も視界にはいっているので、防犯上ありがたいのだ。

そこで、今日訪ねたときの画像を貼り付けて置きたい。




上の2枚は大水槽・大きなモノはエイです

光るクラゲ

最近発見された恐竜の化石の一部・現在発掘継続中です

庭石は実は巨大アンモナイトだった


・オオウナギ、和歌山・海南で捕獲 県立自然博物館で公開 

               海南市下津町の加茂川で捕獲されたオオウナギ=同市船尾の自然博物館

写真・図版 
 

 県のレッドデータブックで準絶滅危惧種に指定されているオオウナギが、海南市下津町の加茂川で捕獲され、寄贈された県立自然博物館(同市船尾)で18日から一般公開が始まった。
 オオウナギは、体長約65センチ、重さ約640グラム。主に熱帯に生息し、ニホンウナギと違い、体にある黄色っぽい斑点が特徴という。
 加茂川で土木工事をしていた海南市内の建設業者が2月20日、ウナギを見つけた。かった。
 同館によると、これまで県内のオオウナギの生息域は印南町が北限とされてきた。楫善継(かじよしつぐ)学芸員は「オオウナギの生息分布を知る貴重な手がかり」と話す。
 同館は、月曜休み(祝日の場合は次の平日が休館日)。入館料は大学生以上460円、高校生以下と65歳以上は無料。問い合わせは同館(073・483・1777)へ。

・「和歌山県立自然博物館」HP:アドレス:http://www.shizenhaku.wakayama-c.ed.jp/


県内北限を大幅更新!  下津のオオウナギ


 県立自然博物館では海南市下津町の加茂川で
捕獲されたオオウナギを展示します。
 オオウナギは和歌山県のレッドデータブックで、
準絶滅危惧種に指定されれている稀少種です。
これまで県内では印南町の切目川水系が分布の
北限とされてきました。下津町での捕獲はこれまで
の北限を大幅に更新する記録です。

 
1種  名オオウナギ
2学  名Anguilla marmorata
3分類学的位置ウナギ目ウナギ科
4採集日2013年2月20日(水)
5採集場所和歌山県海南市下津町方 加茂川
6寄贈者佐々木 雄一氏
7採集方法手網
8展示数1個体
9全長・重量約65cm・約640g
10展示場所玄関ホール
11展示日2013年4月18日(木)~


 
オオウナギとは
最大2m以上になる大型種で、ウナギ(ニホンウナギ)と異なり体に斑紋があります。
主に熱帯域に分布し、国内では茨城県以南、長崎県以南で記録があります。九州以北では
数が少なく、各地で生息地が天然記念物などに指定されています。和歌山県でも白浜町、
上富田町、田辺市を流れる富田川の一部が国の天然記念物に指定されています。


これまでの県内での記録
白浜町、那智勝浦町、古座川町など県南部では、しばしば捕獲され、これまでの北限は印南
町の切目川水系でした。今回の記録は、大幅に県内の北限記録を更新する貴重な発見です。


寄贈までの経緯
このオオウナギは河川の工事中、重機で川底の砂をさらっていた際に発見されました。工事
関係者が手網で採集し、海南市下津町内で食堂を営む佐々木氏の所へ持ち込まれました。
体色などが普通のウナギと異なる事に気づいた佐々木氏は「もしやオオウナギでは?」と思
い、4月9日に自然博物館へ連絡を頂きました。その後当館学芸員がオオウナギであるだろう
と確認し、寄贈いただきました。






日高川で発見!  稀少なハゼ2種


タビラクチ

ヒゲワラスボ類
 県立自然博物館では御坊市の日高川河口で採集
されたタビラクチとヒゲワラスボ類の稀少なハゼ2種を
展示します。
 タビラクチは、環境省のレッドリスト(2013)では絶滅危惧Ⅱ類に、和歌山県のレッドデータブック(2012)では絶
滅危惧Ⅰ類に指定されている稀少種です。和歌山県内では2002年の田辺市以来11年ぶり3例目の貴重な記録です。
 ヒゲワラスボ類は、分類学的な混乱があるものの環境省のレッドリストでは絶滅危惧Ⅱ類に指定され、和歌山県のレッドデータブック(2012)では情報不足に挙げられている種です。県内からの記録は2例目であり、非常に貴重な記録です。

 
1種  名タビラクチ
2学  名Apocryptodon punctatus
3種  名ヒゲワラスボ類
4学  名Trypauchenopsis sp.
3分類学的位置スズキ目ハゼ科
4採集日2013年4月12日(金)
5採集場所和歌山県御坊市 日高川河口 干潟
6採集方法たも網等
7採集者平嶋健太郎(当館学芸員)
8全  長タビラクチ 約3~6cm、
ヒゲワラスボ類 約6~10cm
9展示場所第1展示室「いろいろな生き物」水槽
10展示日2013年4月25日(木)~


 
タビラクチとは
三重県から九州の干潟に生息する日本固有のハゼの仲間です。体長は最大7cm程度で、大きな口が水平に開き「カエル」のような印象を受けます。干潟の減少や汚染により生息数が減っています。和歌山県では日高川河口以外に田辺市と有田市から見つかっていますが、非常に生息数の少ない魚です。


ヒゲワラスボ類とは
 和歌山県から鹿児島県の干潟や内湾に生息するハゼの仲間です。最大体長は15cm程度で、頭部のヒゲの状態などで複数の種に分かれる可能性があります。普段は泥に潜っているため眼は退化しています。




外に近場で見過ごしていた新しい発見があるものだ!
下は博物館ベランダより西側の和歌山マリーナシティーを臨む!その下はわが家です!




博物館ホールから西へ約60mでわが家です

                                           以上

「たま社長代理」が“古希” 29日の14歳誕生日にイベント開催!

   

"たかがネコ1匹、されどネコ1匹!

 

たま駅長がもたらす経済効果は関大宮本教授の試算によれば、和歌山県に年間11億円とは!並みの人間にできろことではナイ!この日本一有名なネコ・たまを発掘し、育て上げた和歌山電鉄の小島社長の眼力は凄い!人を見る眼、いや「ネコ」を見る眼が備わって、なおかつ育て上げ抜擢する能力も素晴らしい!仕えるならこういう社長のもとで働きたいものだ!

 

たま社長代理が“古希” 29日の14歳誕生日にイベント開催


和歌山電鉄・貴志川線・貴志駅の猫の駅長で社長代理の和歌山電鐵のたまが、14歳の誕生日を迎え、今日29日紀の川市貴志川町の貴志駅で、お祝いイベントが開かれます。
1999年4月29日生まれのたまは、29日14歳の誕生日を迎え、人間では70歳の古希に相当するということです。

お祝いイベントは、誕生日当日の29日午前10時半から貴志駅で開かれ、和歌山電鐵の小嶋光信(こじま・みつのぶ)社長からのプレゼントが渡されます。
また、高級またたびやおもちゃなどが入った猫缶をケーキ代わりにして、ろうそくの火を消し、たま社長代理の誕生日を祝います。

現在、たまは、社長代理として非常勤勤務が認められていますが、今後は週3日ほどの平日に、重役出勤するということで、たまファンとのふれあいの機会が増えます。
 

・駅長からのお知らせ! 「たま駅長」古希のお祝い催事開催!


たま駅長14歳(人間でいえば約70歳)の誕生日となる4月29日(月)10時30分より、貴志駅にて、古希のお祝いとして弊社社長からのお誕生日プレゼントの贈呈を行います。
たま駅長の元気な姿をご覧いただけるチャンス!
是非貴志駅へお越しください。

貴志駅・小山商店がご家庭の事情により、長期休店をすることになり、和歌山電鐵が代わって営業いたしております。 なお、たま駅長は元気に暮らしておりますが、小山商店の諸事情により非常勤役員となりますのでお知らせいたします。 この間は、まだまだ力不足ではございますが、土・日・祝日はニタマ駅長代行がしっかり貴志駅を守って参りますので、変わらぬご愛顧のほど、何卒よろしくお願い申し上げます。
 
勤務内容についてのお問い合わせ
電話 073-478-0110(和歌山電鐵)
駅長の勤務体制
・たま駅長  非常勤勤務です



・ニタマ駅長 木曜日公休(水曜日は当分の間お休みを返上します!)
 平日は伊太祈曽駅、土・日・祝日は貴志駅にて駅長代行

 

・「たま駅長」誕生日お祝い式典動画:http://www.ktv.jp/news/index.html#0434465

 

 
また誕生日を記念した新しい写真集も、26日から発売されるなど、たま社長代理の活躍は、   まだまだ続きそうです。  たま駅長、写真集4日冊目 和歌山、26日全国発売。


写真・図版
写真集とメダルをお披露目するたま駅長
=紀の川市貴志川町神戸

 写真集は約4年ぶりで4冊目。「たま」駅長が29日に14歳の誕生日を迎えるのを前に発売される。今回は、たま駅長をモデルにデザインされた新駅舎や、伊太祈曽駅(和歌山市伊太祈曽)の「ニタマ」駅長と一緒に撮影された写真などが収録されてい
る。たま駅長のこれまでの写真集3冊の総売上数は3月末時点で約5万500冊に上っている。
 この日、お立ち台に登場したたま駅長は、首にさげてもらったメダルがよく見えるようにあごをぐんと持ち上げ、持ち前のサービス精神を発揮していた。

和歌山電鉄(和歌山市)の社長代理になった三毛猫「たま駅長」の写真集「駅長たまプラス~ネコの駅舎で会えたなら~」が26日から全国の書店で発売される。「たま」が駅長を務める貴志川線の貴志駅(紀の川市貴志川町神戸)で24日、写真集の発売と1月の社長代理任命を記念し、贈られたメダルのお披露目があった。A5判1365円(税込み)。
問い合わせは同電鉄(073・478・0110)へ。

                                                  以上                          

 

2013年4月26日金曜日

紀の川の源流から河口まで 写真展開催さる!

4月20日から23日まで、「ラ・フェスタ・プリマヴェラ2013」の追っかけで、あちらこちら駆け廻っておりましたが、無事終了し、やっと一息つきました。



そうしたところ、地元和歌山で涸れることなく滔々と流れ続ける「紀ノ川」の水源地から河口まで、写真に収めたその写真展が開催されたとのこと、普段水の恵を忘れがちなわれわれには、ときにはこういう写真展を観覧して、水の有り難さを再認識するのも、いいのじゃないかと想い紹介することとしました。お近くに出向かれることがあれば、ぜひどうぞ!

ところで和歌山の一級河川を観ると、それぞれが個性があり「紀ノ川」は古来から都人が往来し、聖武天皇の行幸など、万葉歌人が詠んで歌が多数残されているし、「有田川」は「紀ノ川」と同じく有吉佐和子の小説のタイトルとなり、夏場は鮎の徒(かち)漁法でも有名である。「日高川」は娘道成寺で知られる「安珍/清姫伝説」の河であり、最後の「熊野川」は一昨年の台風12号による氾濫で堰止め湖の出現等、多大の被害をもたらしたが、上流には名勝「瀞八丁」や「筏下り」観光等の川であり、本宮町の川原の中州には明治22年の大洪水で流出した熊野本宮大社があった場所で、いまでは「大斎原(おおゆのはら)」として址が残されている。このように、よくみると川そのものにもそれぞれの個性があることがよく分かる。
このうち、今回は母なる川「紀ノ川」に焦点を当てて観てみよう!

 

紀の川の源流から河口まで 写真展開催:(wbs/和歌山放送2013-04-25(木) )

    紀の川について学習できる“水ときらめき紀の川館”(和歌山市有本462)が3月21日にリニューアルオープンしました。今回、新しくなったパネル展示では、昔の紀の川と人々のくらしの様子、過去の水害写真、紀の川の源流の保全の取り組みなどを紹介しています。また、オープン記念として、平成23年9月に発生した紀伊半島大水害パネル特別展を同時開催します。入場は、無料です。(休館日:土曜日、祝日)    

わが国では有数の年間雨量が多く涸れることを知らない奈良県大台ヶ原にその源流を発し、河口の和歌山市まで滔々と流れ続ける、様々な表情を見せる紀の川の写真作品展が今日25日から和歌山市で始まりました。

 

写真展は、和歌山市有本の国土交通省和歌山河川国道事務所「水ときらめき紀の川館」で、日曜日に来館者の案内などを行っているNPO「きらめき紀の川」が初めて開きました。

「きらめき紀の川」は、美しい紀の川の大切さを発信し、将来に引き継ごうと「写真コンテスト」を行い、写真展には源流の奈良県川上村から河口の和歌山市の人まで67人の作品が展示されています。

■ 「水ときらめき紀の川館」〒640-8390 和歌山市 有本462

( 国道24号 地蔵の辻交差点 北進 ・              紀の川堤防上流 900m)


・開館時間 午前9:30~午後4:30
 (入館は午後4:00まで)
・休館日 土曜日、祝日
・年末年始(12月28日~1月4日)
・TEL・FAX 073-424-9292






夏の川遊びや釣り、河口付近の夕日、水源地の森など、様々な川の表情が捉えられていて、最優秀作品には、奈良県川上村の前羽朋子さんの作品が選ばれました。
今日は表彰式も行われ、入選や特別賞などを含めた13人に賞状が贈られました。
NPO「きらめき紀の川」では、川上村のグループとの交流も進めていて、藤上和男理事長は、「紀の川の大切さをPRするため、今後は河川敷を利用したコンサートなどのイベントも開催したい」と話していました。写真展は、来月10日まで開かれています

 
水系一級水系 紀の川
種別一級河川
延長136 Km
水源の標高1,695 m
平均流量37.4 m³/s(船戸観測所 2002年)
流域面積1,750 km²
水源大台ヶ原(奈良県)
河口・合流先紀伊水道(和歌山県)
流域奈良県・和歌山県
 
 
・「紀ノ川」と云えば、地元和歌山出身の女流作家・有吉佐和子(1931~1984)の小説「紀ノ川」(1959年)は、彼女の代表作として、つとに有名であるが、故人となられてすでに久しく、



 これれを土台にして作詞/作曲された「紀ノ川」を同じく地元・上富田町出身の演歌歌手・坂本冬美が唱って、これまた全国に拡がったが、これが縁で坂本冬美は和歌山県知事から「和歌山ふるさと大使」の大役を委嘱されたことは、記憶に新しい。
そこで、故郷を離れて久しい坂本冬美さんに、故郷・和歌山に寄せる想いを、歌「紀ノ川」の歌詞と共に、「ふるさと大使」委嘱を受けたあと、県知事との対談を通して語って貰ったのを紹介したい。


「紀ノ川」 ・歌手:坂本冬美 ・作詞:たきのえいじ・作曲:弦哲也




「紀ノ川」 ・歌手:坂本冬美 ・作詞:たきのえいじ・作曲:弦哲也



次の世の 我が子の幸(さち)を
祈って流れる 川がある
逆らわず 生きるが善(よ)しと
両手合わせて 立ち尽くす
母の願いが 叶うなら
せめて届けて 紀ノ川よ
-----------
(台詞)
川と同じや 人の世も
流れに逆ろうてはならんのやえ
-----------

 
いつの世も 変わらぬ川よ
どんなに時代が 変わろうと
燃え盛る この血を誰に
受けてもらおか 渡そうか
どうか親子の いさかいを
洗い流して 紀ノ川よ

人の世の 澱(よど)みに沈み
早瀬に運命(さだめ)を 流される
惜しむ春 桜の情(なさけ)
散って又くる 春はくる
花の命は 尽きるとも
今も流れる 紀ノ川よ
     


     ☆                      ☆                    ☆

『和歌山県ふるさと大使』(坂本冬美さん)委嘱式・平成20年10月5日 知事室

委嘱式前の懇談

知事:ようこそおいでくださいました。
坂本:海外からお帰りになったと伺っておりますが、時差は大丈夫ですか。
知事:スペインから、今日のためにあわてて飛んで帰ってまいりました。どうぞあちら側におかけください。
坂本:ありがとうございます。

知事:「観光大使」という制度があったのですが、人数が多くなりすぎ、また、お願いする役割も明らかになっていませんでしたので、今回「ふるさと応援団」という制度に改めてはどうかと考えています。坂本さんにはより重要な役割を担っていただくため、「ふるさと大使」の第1号になっていただきます。人数につきましては、今後増やすかもしれません。お仕事のじゃまにならないようにいたしますが、ちょっとしたミッションをお願いすることになると思います。
坂本:今日、さっそく和歌山マリーナシティでまぐろの解体をやってきました。
知事:ご自身でされたんですか。
坂本:ほとんど専門家にやっていただいて、いいところだけをさせてもらいました。

知事:プロの世界では、和歌山県のまぐろは、我々が感じているより評価が高いそうです。東京で寿司屋のおやじさんに聞いたのですが、和歌山の勝浦のものが一番いいと言うことでした。大間が有名ではと聞いたら、大間のものは季節により質が一定していないと言うんです。年中質が良いのは勝浦のものと聞いて、にやっと笑いました。坂本さんが解体しただけで、ぱっと売れるかも知れませんね。
坂本:売れるかどうか分かりませんが、ひと切れいただきましたけれど、たいへんおいしいですね。色的には油っこそうに思われますが、意外とあっさりしていましたね。
知事:那智勝浦町の企業が、冷凍焼けしない冷凍技術の開発をしましてね、そのまぐろが航空会社に採用されたんですよ。

委嘱式

知事:委嘱状。坂本冬美殿。あなたに「和歌山県ふるさと大使」を委嘱します。ふるさと和歌山県を末永く愛し、このすばらしさを大いに伝え、広めていただけることを心より期待します。平成20年10月5日、和歌山県知事仁坂吉伸。どうぞよろしくお願いします。坂本さんは、和歌山県ふるさと大使第1号です。これで、和歌山県は無敵です。なぜならば、およそ大使と言われる人たちの中で、坂本さんは一番の美人であり、また、歌がうまいからです。これから大いに和歌山県のPRをしていただこうと思っております。どうぞよろしくお願いします。
坂本:こちらこそよろしくお願いします。ありがとうございます。
知事:この委嘱状は海南の漆器でできています。紀州漆器は和歌山県の伝統工芸です。
坂本:委嘱状はだいたい紙が多いですが、これはすごいですね。
知事:ぜひお飾りください。
坂本:ありがとうございます。

記者からの一問一答

記者:坂本さんが、ふるさとと言われて思い出す風景は何ですか。また、季節はいつですか。
坂本:子どもの頃、父親が白浜の円月島とか千畳敷とか、あるいは那智の滝とかによく連れて行ってくれました。だいたい子どもの日にそういうところに連れってくれましたので、家族の思い出とともに思い出します。

記者:県のPRのための抱負を聞かせてください。
坂本:宮崎の東国原知事が有名になっているように、地方が脚光を浴びていますが、そんな中、仁坂知事さんから和歌山を頼むと言ってくださったことを光栄に思っておりますし、私も本当にデビュー22年目にして初めてこの和歌山を舞台にした歌を歌わせていただいて、これも何かのご縁かなと思います。これからはいままで以上に、梅干し、ミカン、それからまぐろや柿など、いろんなものをPRしていきたいと思っています。

記者:これからお城のコンサート会場に向かわれるそうですが、どのような気持ちで向かわれますか。
坂本:今日はあいにくの天気ですが、こちらに向かってくる途中にコンサート会場を通りかかりますと傘をさして待ってくれている方が大勢いらっしゃいました。私の歌を聴いて、「よし、明日も頑張ろう」と思っていただけるように、しっかりと歌って帰りたいと思っております。

記者:現在の心境をお聞かせください。
坂本:ふるさと大使としての初仕事は、本まぐろの解体でした。普通は経験できないことだと思いますが、これもふるさと大使に選んでいただいたおかげです。なかなか思うようには包丁が行かなかったんですけれど、初仕事として、大きな仕事をやり終えたような満足感はあります。

記者:坂本冬美さんをふるさと大使第1号に選ばれた理由は何ですか。
知事:言わなくても明らかなことですが。坂本さんはお歌もお上手ですし、おきれいですし、それから何よりも和歌山のことを思ってくれる真心があります。そういう意味では、この人以外にないと思いました。その真心にこれからも期待をいたします。    和歌山県庁 〒640-8585 和歌山市