昨年8月紀ノ川で見つかった巨木は陸上に引き上げられて現在に至るが、このブログでも”流れ流され、どこから来たの?”としてアップしたが、 調査の結果、「古墳時代のモノ”と判明し、県立紀伊風土記の丘に展示するのが同じ古墳時代ということで最もよいだろうという結論が出て、運搬の都合で今日まで置かれたママだったが、13日から保存処理や運搬作業が開始された。
なにしろ、重くて大きいので分割して運搬、同風土記の丘で再組み立てして展示する予定。
昨年ブログアップした記事をご覧下さい!
・「流れ流され、どこから来たの?紀ノ川に大楠漂着!」2012.10.13
http://o-shige3.blogspot.jp/2012/10/blog-post_13.html・紀ノ川の巨大流木 保存・運搬へ作業始まる ・ 05月13日 :「わかやま新報」
巨大流木の保存処理や運搬作業
昨年8月に紀の川から和歌山市の六十谷橋下に引き上げられた直径約4㍍、 周囲約12㍍を誇る巨大流木(クスノキ)が同市岩橋の県立紀伊風土記の丘で保存、 展示されるに当たり、 13日から保存処理や運搬作業が始まった。
同施設によると、 巨大流木は古墳時代頃に生育しており、 350年後(推定樹齢)に成長が止まっている。 この歴史的モニュメントを多くの県民に体感してもらおうと、 同時代に築造された岩橋千塚古墳群とともに、 同施設で保存、 展示されることが決まった。
作業では巨大流木をチェーンソーで縦に3~4分割し、 6月上旬に施設へ運び込む予定。 今後は流木切断のために洗浄作業を行い、 泥などを洗い流していく。
運び込んだ流木は施設で保存し、 展示に向けて組み立てる。 展示は来年2月ごろを予定している。
--------------------------なお、この運搬の様子がTV毎日で動画発信されています。序でにご覧下さい!
http://www.mbs.jp/news/kansaiflash_GE000000000000000981.shtml
この大楠は保存作業のため、横倒しにして洗浄などしていたとき、内部が大きく空洞化していることが判明しました。目下作業は続けられています。
■横倒し洗浄、紀伊風土記の丘で展示へ ・・・
昨年8月に紀ノ川から和歌山市六十谷の河川敷に引き上げられたクスノキの巨木について、県立紀伊風土記の丘(同市)での保存・展示に向けた“引っ越し”作業が進められている。15日には、巨木を横倒しにして洗浄。内部の空洞の様子が初めて明らかになった。
巨木は平成23年9月の台風12号による豪雨災害時に紀ノ川で見つかり、昨夏、クレーンで引き上げられた。高さ約7メートル、直径約4メートル、重さ約40トン。西暦350年(古墳時代)~700年(飛鳥時代)ごろにかけて生育していたとみられ、樹齢は約350年。県教委は、自然が育んだ歴史的なモニュメントとして巨木を県立紀伊風土記の丘で保存・展示することを決めた。
この日は、発見場所に近い河川敷で巨木の洗浄を実施。大型クレーンでゆっくりと横倒しにすると、直径の半分程もある大きな空洞が姿を見せた。作業員らは高圧洗浄機で内部を丁寧に洗い、移送のため大きさの計測などを行った。
空洞について県教委文化遺産課は「クスノキは密集して育つことが多く、近くの何本かが合体することもある。この個体も、長い年月をかけて複数のクスノキが合体したときにできたのでは」と推定している。
作業を行った木徳(きいとく)林業(有田市)の担当者は「樹皮の多くが残っているので上流から流されてきたのではなく、この近くで成長したと考えられる」と指摘。「現代のクスノキとも違う、お香のようなにおいがするので驚いた。飛鳥時代の香りかも」と感慨深げに話していた。
今後、紀伊風土記の丘へ運び込むため、トラックに積載可能な大きさに切断する作業や防腐処理などを行い、6月15日までに移送する。紀伊風土記の丘で切断した部位を元通りに組み立て、来年2月ごろに一般公開する予定。 以上














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